結婚式という
一つの目的がなくなり
自分自身の中心も
穴が開いたまま
一年以上
緊張と不安のなか
ノンストップで走ってきた
節目が終わると
ゆるみが出る
わたしが
崩れ落ちるのに
時間はかからなかった
引っ越しをしてからのわたしは
つねに緊張状態だった
身体に力が入って
気が休まらない
小さな音にも
敏感に反応してしまう
一人になると
目線が下がる
そのまま
黒い底へ落ちていきそうになる
一人になるのが
怖い
そのわたしの思いを
跳ね返すかのように
夫は家を空けることが
多かった
長いときは
半月以上
家を空けることもあった
緊張は
強まる一方だった
自分に限界を感じたのか
結婚して初めて
ピアノを求めた
舞台から離れて
「表現する」ことからも
距離を置いていた
自分が堕ちていく中
あのピアノの感触を
欲した
「ピアノがあれば
なんとかなるかもしれない」
切実だった
生きるか死ぬかの
瀬戸際にいたと言っても
過言じゃなかった
心を支えるものが
必要だった
「自分が自分でなくなる」
この予感が
あった
夫は
わたしが
音楽を勉強していたことは
知っていた
けれど夫は
自分が大学で学んできたことと
同じようなものとして
捉えていた
だからわたしにとって
ピアノがどんな存在なのか
それが伝わっていなかった
ピアニストじゃないのに
ピアノがないと生きられないなんて
理解されないだろうと思っていた
なんとなく
それに気づいていたから
わたしも
深く話さなかった
表面の経緯は
伝えていたけれど
わたしが
何を抱えてきて
何を目指して
生きてきたのか
どんな生き方をしたいのか
いま
その中心を失って
苦しんでいること
自分の生き方が見つからなくて
不安に押しつぶされそうなこと
自分に
「価値」を見出せないこと
伝えたいことは
たくさんあった
でも出てこなかった
一度
心が閉じると
わたしは頑なだった
そうやって
自分を守っていた
これ以上
自分を傷つけないために
それでも
もしピアノが弾けるようになったら
この固くなった心も
柔らかくなって
対話が
できるかもしれない
不安の中に
小さな希望が見えた
それくらい
ピアノの存在は
わたしにとって大きかった
けれど
その期待も
実現しなかった
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「ピアノを持ってこれないこと」が
ショックだったのではなく
「ピアノがわたしにとって
どんな存在なのか」を
分かってもらえなかったことが
深く刺さった
たとえ
すべてを理解してもらえなくても
「知ろう」と
してくれるだけでよかった
そこが
大事だった
どうして
そんなにピアノが必要なのか
ないと
どうなってしまうのか
ここを
聞いてほしかった
これは
わたし自身のことだから
ここを聞いてくれることは
「わたしを見てくれている」ことになる
だから
夫の対応を見て
ピアノだけじゃなく
わたし自身も
軽く扱われたように感じた
わたしは
苦しんでいた
向き合って
一緒に並んで
話を聞いてもらいたかった
言葉にならない
その気持ちが
一人になるたび
わたしに襲いかかる
「ピアノに触りたい」
部屋の隅で
小さくうずくまって
声に出して泣いていた
これは
自分から逃げて
夢を諦めてしまった報いなのだと
全部
自分のせいなのだと
自分を責めていた
誰に対してかはわからない
でもずっと
「ごめんなさい」と
言い続けていた
夫婦とは
一体何なのか
支え合うとは
どういうものなのか
分からなかった
わたしの真ん中に空いた穴が
さらに広がり始めていた
すでに
色々なものが
複雑に絡み合いすぎていた
もうわたしには
深く考えて
関係を改善していこうとする
気力が
残っていなかった

