「一歩の意思」

自分から

動きすぎるのをやめる

はじめは

動かない自分に慣れなかった

どうしても

空気を察して

身体が動きそうになる

自分に染み付いた

長年の癖を痛感した

気づけばいつも

空気を読んで

反応して

わたしは生きてきた

心が疲れるはずだと

はじめて思った

わたしは

空気を読んで

自分を差し出すことで

場を保とうとして生きてきた

対する相手は

空気を読んで

自分を見せないことで

流れを壊さないように生きてきた

片方は一歩が多くて

もう片方は一歩が足りない

それが

わたしがずっと

抜けられなかった形だった

だから

わたしが出すぎていると

相手は

自分から出る必要がなくなる

わたしがつくる流れや場に

乗るだけで足りてしまうから

相手側からすると

それは

楽で心地いいもののように見える

でも

わたし側から見れば

そこに相手の意思は

存在していない

自分はどうしたいのかが

見えない

わたしは

身を削って

傷ついている自分がいるのに

見ないふりをしていた

けれど

自分の意思を外に出さないことは

見てみぬふりとは違う

そもそも

それは現実の中で

自分をまだ

存在させていないことになる

合わせるように動いてくれていた

片方の動きが止まると

お互いが

定位置につくことになる

すると交わるには

自分から一歩を

踏み出すしかなくなる

本気で関係を望むなら

その一歩を踏み出せるかどうか

そこで

その人の覚悟が問われる

わたしは

この線を明確に引いていた

身体が固まって

対応できない自分は

向き合うことから

逃げていると思っていた

違った

傷ついた自分に限界がきて

自分を守るために

拒否反応が出ていた

冷たい態度をとるわたしは

心変わりをした

悪者のように見えた

この空気は

ずっとあった

この状況を作っているのは

わたしのせい

だから

夫がうまくできないのは

仕方がない

わたしが

苦しい気持ちをみせると

「でもね」

「だってね」

わたしの気持ちを

受け入れてもらう前に

否定される

話す気になるはずがない

それなのに

言わないと分からないと言われる

本音を言っても否定されるのに

何を話せばいいのか

本当に分からなかった

たしかにわたしは

器用な人間だと思う

そして

異常に我慢強い

だから

中身はもう

故障しているのに

外から見ると

何も問題がないように

見られてしまう

病に苦しんでいる中でも

まだ余裕があるように思われていた

もっと

感情的に怒って

泣きわめいて

暴れでもしたら

少しは気づいてもらえるのだろうか

わたしだって

やりたくて

できるようになったわけじゃない

やらざるを

得なかっただけ

わたしには

変わらない夫の姿が

本気でやろうとしていないようにしか

見えなかった

周りに理解されなくて

心の中では

悔しさを抱えていた

それでも

冷たく当たる自分の行動に

自分の

わがままなんじゃないか

そんな自分が出てきて

いつも葛藤していた

でもわたしは

心変わりをしたわけじゃない

必要のない動きを

やめただけだった

内面も状況も

読み取らない

必要なことしかせず

わたしの内面は

一切見せない

それは冷たさではなく

わたしの意思だった

わたしは

自分にできることは

やり切った

もう

できることは残っていない

自分の中にいた

冷静な自分の正体は

それだった

はじめてお互いが

自分の定位置に立った

わたしは逃げているのではなく

線を引いて

明確に示していた

対等に向き合える人としか

向き合わない

やっぱりここは

ブレていなかっった

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