「背中に見えた過去」

わたしは何か起こると

自分の感情を

内側へと沈めた

だから

その場ですぐ反応することが

苦手だった

一度ひとりになって

自分と対話をしながら

整理しないと

自分の気持ちを存在させることが

できなかった

だから

人とは時差があった

そのせいで

夫や周りの人たちには

「今さら蒸し返さないで」

そう言われることが

ほとんどだった

わたしの中では

一度も話したことがないのに

その人たちの中では

過去の出来事だった

だから

やっぱり怖かった

何かを伝えるたびに

否定されて

相手の空気が曇っていく

そんな記憶ばかりだった

ある背中から

わたしは自分の過去を見た

はじめは

背中を向けられて

傷ついている自分の姿だった

でも

次に見えてきたのは

全身傷だらけで立っている

女性の後ろ姿だった

身体は

傷ついているけれど

まっすぐ前を向いて

しっかり立っていた

凛としたその背中は

悲しみや寂しさに

沈む姿ではなかった

あるのは

気高さと静かな怒りだった

自分の胸が

何かに突き刺されたように

痛み出して

涙が流れ出した

そして気づく

「あれは、わたしだ」

ここのところ

ずっと頭に浮かんでは

消えていた女性

あれは

わたしの後ろ姿だった

息が止まりそうなくらい

胸が締め付けられた

息子の出産の記憶が

よみがえる

なぜ

わたしはあの日のことを

ずっと根に持っていたのか

時間が経っても

消えなかったのか

いまでも

はっきり覚えている

まだ心の中に

持ち続けている

でもわたしは

周りの言葉を聞いて

自分の器が

小さいからだと

その感情の意味を

掴めずにいた

何ひとつ

納得できていないのに

自分のせいにしていた

けれど

内側の自分は

怒りを消していなかった

ひとりでずっと

戦っていた

自分の中の怒りを

存在させていた

わたしは

夫の行いを

許すことができなかった

妊娠も出産も

病気ではないけれど

何の負担もなく

楽に産めるわけじゃない

身体的にも

精神的にも負荷がかかる

痛みだってある

必ず大丈夫と

命の保証があるわけでもない

無事に産まれてくる

その瞬間まで

母親も子どもも

命がけの時間の中にいる

それなのに

出産という大事なときでさえ

わたしは

優先してもらえなかった

自分の意思ではなく

周りの意見に流され

わたしの気持ちを考えることなく

わたしを扱った

あの日だけ

たまたま起こったことなら

許せたかもしれない

でも違った

これまで蓄積されたものが

あの場で

一気に形になって現れた

わたしの

最後の一線だった

夫はそこを

土足で踏み越えようとした

あの日から

わたしの感情の温度は

下がっていた

でも

確信がもてず

迷っている自分がまだいた

内側の自分と

外側の自分が

まだ一致していなかった

それが

自分の背中を見つけたことで

すべて一致した

これまでの

自分の生き方が

自己犠牲の

繰り返しだったことに

気づいた

「誰かのために」

自分の痛みや傷に

気づかないふりをする

納得できていなくても

自分のせいにして

その場を保とうとしてきた

なぜ

そこまでする必要があるのか

「不安だから」

何も生み出せない自分には

価値がないと思っていた

だから

役割を求めた

必要とされていると

感じたかったから

関係を失うのが

怖かった

自分が無価値で

足りない人間だから

去っていくのだと

そう思い込んでいた

だから

自分を差し出すことで

補おうとしていた

身を削って

関係を成立させようとしていた

でも

それになんの意味が

あるのだろう

わたしは機械じゃない

生身の人間だ

永遠にすり減らして生きるのは

無理だ

どこかで限界がくる

そもそもわたしは

もう何度も

壊れてきたんじゃないか

地の底まで落ちても

這い上がってきた

けれど深い傷も

たくさん負ってきた

身を削っても

結局傷ついているじゃないか

まだ耐える必要は

あるのだろうか

これまでわたしが

自分の甘えのせいにして

自分を責めて

抑えてきたこと

あれが

我慢だったんじゃないか

わたしは

自己犠牲の自分を終わりにする

決意をした

「もう我慢はしない」

すると

わたしの前に

一本の道が見え始めた

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