「存在するということ」

妊娠が分かると同時に

夫は半年以上

家を空けることになった

わたしの症状は

また悪化し始めた

一緒に行くことはできず

実家でお世話になることになった

せっかく感覚が戻り始めて

前向きになれそうだったのに

妄想が

またわたしの中に

色濃く姿を見せ始めた

薬は飲みたくない

どんな影響が出るか

分からないから

必死に耐えていた

夫がいないから

確認行為もできず

自分の中に

溜まる一方だった

はけ口がない

でももう

自分ひとりの身体じゃない

その葛藤が

わたしを追い詰めた

これまで生きてきて

異性に「嫉妬」をしたことは

ほとんどなかった

相手から一方的に聞かされることはあっても

過去の恋愛について

自分から聞いたことは

一度もなかった

まだ自分が未熟だったから

先に言葉を置かれると

想像が広がって

苦しくなる

きっと自分で

分かっていた

それに

相手を理解することは

過去の「出来事」を

すべて知ることではない

そう思っていた

たとえ最後は

何でも分かち合える関係になっていたとしても

お互いが

「差し出せる」

「受け取れる」

そのタイミングが来た時に

共有できるものだと思っていた

過去の出来事は

終わったことではあるけれど

その人自身を形作っている

大切なもの

安易に触れていいものでもないし

触れられたくもない

だから

自分の不安を埋めるために

根掘り葉掘り

「情報」を得ようとするのは

どこか品のないことのように

感じていた

これは

むかしから持っている

わたしの美意識でもある

それにやっぱり

自分の中心が

「ほかの誰か」に

なることがなかった

それなのに

苦しいからと

夫に確認したがる

自分がいる

自分の中の美意識と

真逆のことをしている自分が

浅ましく思えて

自分自身に

嫌悪感を抱いていた

この矛盾が

いちばんきつかった

自分の在り方に

反していたから

それでも

プライドが残っていたのか

どれだけ苦しくても

自分の頭の中に

「何が」流れてきているのか

それを

夫と親しい友人

この二人以外には話さなかった

「嫉妬に苦しんでいる自分」を

広げたくなかった

つわりが落ち着いて

安定期に入ると

わたしの心は不安定になっていった

自分をコントロールできず

破裂寸前のところにいた

落ち着かなくて

自分に傷をつけるようになっていた

「この子がいるから薬を飲めない」

「どうして

 わたしを苦しめるの?」

自分の辛さを

ぜんぶ子どものせいにして

泣きながら

お腹を叩いていた

その姿を見た母が

涙を流しながら

わたしの背中をさすってくれた

「消えてしまいたい」

こんな姿を見せてしまって

心配ばかりかけて

ごめんなさい

親不孝なことしかできない

こんな弱い娘でごめんなさい

親には

崩れている自分を

なるべく見せたくなくて

完全に寄りかかるのを避けてきた

でも結局

わたしの居場所は

ここにしかなかった

自分のことで精いっぱいで

子どものことまで

考える余裕なんてなかった

「一人目の妊娠中が甘えられて

 一番幸せだよね」

夫の家族にそう言われて

甘える?

誰に?

「わたしは全然幸せじゃない」

苛立ちを感じている自分がいた

産まない方がいいんじゃないかと

真剣に考えたこともあった

周りに止められるたび

「産むのはわたしなのに」

素直に受け入れられなかった

この精神状態の時に

友人と会った

高校のころからの友人

唯一

わたしのことを

ぜんぶ知っている人

その友人に

子どもを産む自信がないと

こぼした

すると友人は

怒りをあらわにした

会った時のやりとりは

覚えていない

ただ

メールの履歴には

残っていた

「母親になるのに

 そんな無責任な言葉

 たとえ病気のせいだとしても

 わたしは受け入れられない」

はっきり言われた

わたしも

反論した

「縁が切れてもいい」

そう思っていた

誰もわたしのことを

分かってくれない

こんなに苦しいって

言っているのに

死にたいくらい

追い詰められているのに

どうして

それから解放されたいと思うことが

許されないの?

どうして

自分を優先しちゃいけないの?

だって

自分の力じゃ

どうにもできない

わたしだって

そんなこと思いたくない

わたしのこの苦しさを

知らないくせに

だからそんなこと

言えるんだ

何で

誰もわたしのことを

分かってくれないの?

わたしの中の怒りが

姿を現した

お風呂場にこもって

泣きながら

取り乱していた

心配して声をかける母にも

応じない

ずっと

自分の中に溜まり続けていた

「理解されないこと」への悲しみが

怒りとなって

はじめて

外に出てきた瞬間だった

わたしは

夫にこれを求めていた

当たり障りのない関わりではなく

「核」に触れてもらえる関わり

友人は

わたしの気持ちを

否定したけれど

その理由も

自分の思いも

一緒にぶつけてきてくれた

わたしの気持ちは分かる

「でも」

それは違うと

同意はしてくれなかった

けれど

「わたし」を見てくれていた

母も言葉はないけれど

「一緒に」泣いてくれた

ふたりとも

わたしを

「理解しようと」してくれた

弱っていても

わたしは空気じゃない

ちゃんと存在している

「言っても仕方ない」じゃなくて

ぶつけてきてくれた

ふたりの前で

わたしは「存在すること」ができていた

だからわたしは

友人に対して

誰にも言えなかった

自分の本音を

怒りと一緒にぶつけることができた

わたしと

「向き合って」くれたから

決別する勢いで

言い返していた

でも次の日

正気に戻ったわたしは

友人が本当に離れていく気がした

すぐに謝った

このとき

わたしが昨日の記憶を

あまり覚えてないと伝えると

不審に思った友人は

病でそんなことがあり得るのか

徹底的に調べたらしい

そんなところも

友人らしいなと

あとから聞いて

笑ってしまった

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