「自立の履歴」

わたしの中には

ずっと

19歳の

自分がいた

下を向いて

うずくまっている

あの頃の

わたし

結婚しても

親になっても

わたしは

ずっと

“大学生の頃に

 戻りたい”

という

思いから

離れられ

なかった

あの

多感で

いちばん

大切な時期を

“無駄”に

してしまった

そう

思っていた

もし

二度目が

あるのなら

同じ過ちは

繰り返さない

さっさと

見切りを

つけて

自分の

やるべきことに

全エネルギーを注ぐ

あの時の

わたしが

自分に

全力で

向かえなかったから

自分の道が

開けなかったんだと

ずっと

その後悔を

抱えて

きていた

わたしは

相手から

繰り返し

“お前は甘い”

“自立して

いない子ども”

と言われていた

いま思うと

笑ってしまう

のだけれど

当時の

わたしには

深く

突き刺さった

それは

どれだけ

年月が

経っても

抜けることは

なかった

“わたしは

自立できて

いない人間”

この考えが

植え付け

られていた

だから

何かある

たびに

そこと

結び付けて

焦って

いつも何かに

追われていた

いつまでも

“未完了”な

感覚が

消えなくて

ずっと

不安の中を

生きて

きていた

でも

そうじゃ

なかった

おそらく

わたしは

早いうちから

自立心を

持っていた

何でも

自分で考え

自分で選び

たかった

そして

自分の感性を

自分で

引き受けていた

この部分は

中学生の頃から

かなり

はっきり

していた

ただ

外側が伴って

いなかった

まだ

大学生だった

わたしは

“これから”

その外枠が

形成されていく

ところ

だったから

わたしが

苦しかったのは

自立心が

ない人の

苦しさ

ではなく

“自立して

いるのに

自立として

扱われない

苦しさ

だった”

この時期の

出来事は

“恋愛で

傷ついた過去”

“癒えない傷”

そういう

次元のもの

じゃない

“人としての尊厳”

“存在価値”

ここに

直結するもの

だから

だから

ずっと

向き合うことが

できなかった

逃げていた

のではなく

不安定な

自分の状態で

見てしまうと

自分の精神が

壊れてしまう

ことを

無意識下で

分かっていた

“人として

生きられなくなる”

それくらいの

扱いを

受けてきた

だから

わたしは

長い年月の中

病気と戦い

何度も

自分を

見失いそうに

なりながら

壊れる寸前で

何度も

何度も

這い上がって

自分自身を

鍛えてきた

あの頃の

自分と

向き合える

耐久性と

精神力を

身につける

ために

それほど

わたしにとって

恐ろしい

体験だった

子供として

守られてきた

時間と

大人として

自分の道を

引き受け

始める直前

その

分岐点に

あった出来事

ずっと

自分のことを

誤解して

生きてきた

“立っている”

人間に

“立っていない”

という

前提を

被せられ

間違った

価値観を

植え付け

られたことで

自分を

信用することが

できなかった

わたしに

必要

だったことは

“過去の傷を

癒すこと”

じゃなかった

“自己認識を

更新すること”

だった

それは

人生の

前提条件の

書き換え

わたしの

19歳の自己は

癒されるべき

存在じゃ

なかった

誤解

されても

過小評価

されても

それでも

ちゃんと

生き抜いてきた

わたしは

ようやく

あの頃の

自分の履歴を

確定させる

ことができた

子供と

大人の境目に

立っていた

大学生の

わたしがいる

“ずっと

誤解していて

ごめんね

何も

間違って

いなかったよ

だから

もう

前に進んで

大丈夫だよ”

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