「自由の空白」

動けるけれど

動かない選択をする

自分が動けば

流れを作れることを

知っている

でも

あえてやらない

それが

相手の自由と

責任を守ると

分かっているから

ここに

受け身は

存在していない

これは

選ぶ人と

選ばない人ではなく

選ぶ人と

選ばされている人と

いえるのかもしれない

選択権は

いまどこにあるのか

行為と

主導権は別物

動かないという沈黙も

意思表現となる

ただそれは

その沈黙が

何を意味するのか

そこに至るまでの

対話によって変わる

主体的な選択で

あることと

関係性の中で

誠実な選択であることは

別物だ

一見

パラドックスだけれど

行為ではなく

主導権がどこにあるのか

動いたかどうかより

誰が舵を

握っていたのか

選ばないことを

選ぶ

それは

主導権を持ったまま

空白を残すこと

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