「それは、当たり前じゃない」

動く人と

動かない人

人との

関わりの中で

この二人が

成立することは

ありえない

「どうして?よくいるよね」

表向きの

行動を起こす人

そしてそれを

受け取る人

「受け取る人は

 動いてないよ?」

違うよ

受け取る人は

受け取る覚悟がいる

そして

受け取ったなら

返す義務がある

「そっか、動いてるんだね」

そう

だから

どちらか片方では

成り立たないんだよ

でもね

動いたことがない人は

これを知らない

動いた人だけが

見ているものが

あるってことを

「どんなこと?」

与えられていることは

“自然”じゃない

続いている関係は

“当然”じゃない

そこには

動いた側の想い

時間

覚悟がある

どれだけの

勇気が

必要だったか

どれだけの

時間をかけて

覚悟を決めたのか

どれだけ

相手を思って

最善の形を

つくったのか

何ひとつ

知らないまま

ただ

受け取っている

自分に

置き換えて

一度でも

考えたことがあるのかな

すべては

“当たり前じゃない”

動く人は

責任感が強い

だから

自分が渡したものに

何も返してもらえなくても

「重かったのかな」

「期待しすぎたのかな」

「わたしが悪かったのかな」

こうやって

自分のことを

責める

何も

悪くないのに

でも

動かない人は

自分にも

責任があることに

気づいていない

自分が

何かを受け取った自覚も

ないかもしれない

でもこれは

ただの甘え

優しさの搾取だ

受け取った時点で

責任は両者にある

だから

動いた人が

何も悪くないのに

自己否定に追い込まれる構造は

間違ってる

本気で

何かを手に入れたいと

思ったら

本気で動かないと

手に入らないこと

心底

守りたいと思うものを

守るためには

自分を奮い立たせて

踏み出さないと

守れないこと

立場

周りの目

ちっぽけなプライド

それを捨てる覚悟さえ

持てないのなら

結局

その程度なんだと思う

それだと

動く人と

対等にはなれない

動く人は

傷つきやすい

でも

その分学ぶことも多い

そこに

留まる選択をした人は

ずっと

そこにいたらいい

それも

ひとつの選択だから

ただ

お互いの質が違った

それだけのこと

だから

いい結果が得られなくても

自分を責める必要は

どこにもない

自分で決断して

自分で動いた

その事実は

消えない

きっと

次につながる

踏み台になる

だから

胸を張ったらいい

だって

自分ひとりのことじゃない

誰かとの関係を

自分から動かすって

すごいこと

その勇気

その行動力

その決断力

その覚悟

それは誇りに

思っていいんだよ

何も悪くない

お疲れ様

よく、頑張ったね

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