むかしから
言葉以外のものから
何かを感じ取ってしまう人間だった
空気の変化
表情の微細なズレ
その場の温度
そういったものから
いま
「何が」起きているのか
その人が
「どんな種類の感情」を
抱いているのか
そこまで
読み取ってしまうことが多かった
繊細に
感じ取ってしまうから
人混みや
集団は苦手だった
自分の中に
自分以外の人間の感情が
入ってくる
だから
この敏感さで
苦労することも多かった
自分の感情なのか
他者のものなのか
切り離すことが
難しいときもあった
そして
心が病んでしまったことも
あった
わたしは
人と関わらない方が
いい人間なんだと
ずっと思っていた
自分の
この性質を
ずっと
マイナスなものだと思っていた
でも
それが
変わってきた
自分の
この感覚の鋭さは
「癖」ではなく
「能力」なのだなと
肯定できるようになった
それは
「生まれ持った特別なもの」
ではなく
生きてきた中で
「鍛え磨かれてきたもの」
自己が一致すると
この感覚の精度も
上がった
外側の声が
BGMのようになり
内側の声が
メインのセリフとして
聞こえてくる
音量の
比率が変わる
あのとき
ほんの一瞬
だった
わたしは
「何か」を感じ取った
きっと
それは
一瞬の
表情の動き
視線や
目の奥の動き
顔の角度
声を出すまでの「間」
こういったもの
その瞬間に
言葉は
出てきていたけど
勘違いかもしれないと
深く考えるのを
やめていた
でも
そのあと
一瞬だけ目にした
相手の姿で
わたしの中で
確信に変わる
音がした
細かいことは
分からない
でも
「何か」があった
そういう
直感が
確信に変わる瞬間
わたしは
これまでずっと
不思議に感じていたことへの
答えが
一気に
出る瞬間があった
長年
スッキリしないものを
抱えていた疑問
それが
綺麗に
一本につながった
わたしが
心を許して接する人と
そうでない人の
違い
わたしは
軽口の会話はできないけれど
自分から
声をかけるほうだ
風通しの良い
人付き合いが好きだから
「特定の誰か」に
固執することは
あまりない
その場に合わせて
形を変える
そんな風に
あまり
距離を近付けすぎない
わたしだけど
心を許した人には
たとえ
初対面だとしても
自分の内面を
ためらわずに見せる場合がある
でも
無理な人には
長い付き合いであっても
一定の緊張感があって
それが
解かれることはない
この違いは
なんなのか
ずっと
分かっていなかったけど
ここも
答えが見つかった
それは
誠実に
わたしと
向き合ってくれているかどうか
状況や
何かを盾にして
自分の責任から逃げている人
この人たちには
わたしは
警戒心を解くことが
できない
反対に
同じ状況であっても
言い訳しないで
自分にできることを
示してくれる人
その人たちには
わたしは
瞬時に心を開いている
結果の良し悪しは
重要じゃない
大切なのは
自分がいま
どんな状況にあっても
それを盾にせず
わたしと
向き合ってくれようとする
姿勢があるかどうか
ここで
わたしは
見ていた
それは
「言葉」といった
分かるものからの場合もあるけど
ほとんどは
表情や
空気
視線
こちらから
感じ取っていることの方が
多いと思う
わたしの
この感じ取る力は
自分にとって
安全な人か
そうでない人かを
瞬時に判断する
センサーだった
自分では
気が付いていなかったけれど
わたしは
「わたし自身」に
ずっと
守られてきていた

