「目に見えない世界」

なぜ人は

舞台や映画を見て

感動するのか

いったい人は

何に心を

動かされているのか

人は悲しい出来事

そのものではなく

そこに

至るまでの時間に

心を動かされている

時間の流れに

共感を重ねてきたから

その悲しい出来事を

目にしたときに

感情が

一気に溢れて

涙が出る

だから

物語の内容だけに

心を動かされているのではなく

時間の経過と結果

その構図が

感動を生み出している

そのことを

人に話したことがあった

でも

返ってきたのは

拒絶だった

この行為は

人を傷つける

ショックを受けた

わたしは

感じたものを

深く思考することを

避けるようになっていった

だから

それが

再び自分の中で

繰り返されるようになったとき

勢いが強かった

それは

事実ではなく

自分の思い込みになる

危険があった

そのため

意味づけをして

広げすぎないように

まず

事実のみを観察する

練習をした

その人を見て

感じた印象を

消すのではなく

自分の解釈を

のせない

こうすれば

感じたことも

事実としてあるものも

存在させることができる

これを

繰り返しながら

わたしは

読み取る精度を

高めていった

その人の

明確な感情や思考は

分からない

でも

その人が

自立している人なのか

内側と外側が

まだ一致しきれていないのか

責任を引き受けることに

まだ怖さがあるのか

そういったものを

言葉の端々や

目の動き

立ち姿などから

読み取ることができる

これは

わたしの長所であり

ひとつの能力でもあった

この力が

強かったせいで

苦しんだこともある

でも

これは

鍛錬を積んで

磨いてきたものだ

自分で

扱えるようになったいま

自分の自信になっている

総合芸術に戻るまで

ひとつずつ

取り戻してきた

最後にもうひとつ

必要だったのは

この

読み取る力だった

これが加わって

はじめて

わたしの光が完成する

わたしに見えている 

この抽象的な世界を

地に足がついた言葉で

表現したい

根拠のない空想で

広げるのではなく

事実をもとに

上から下まで

綺麗なつながりを導いて

視覚化する

目に見えない領域を

  現実の言葉で翻訳する

――空想と現実のあいだ――

これが

わたしの

やりたいことであり

わたしにしか

できないこと

自分の作品にも

アトリエでも

すべての

土台になる力だった

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