「草原の木の下で」

自分の中にある

「本気」

わたしは

自己犠牲で生きてきた

最後の自分を

相手は

自己否定で消してきた

最後の自分を

自分自身の元に

取り戻したとき

本当に恐れていたものを

見つけた

自分の「本気」とは

自分の本当の姿を

見せること

ありのままの自分

なぜ

わたしは

その姿を

恐れていたのか

わたしは

ずっと

「誰かを必要としなくても大丈夫」

一人でも平気だけど

それでも並びたい

と自分に言い聞かせてきた

でも

どこか

しっくりしていなかった

正解っぽい言葉を

並べているような

「自立している人の言葉」を

無理に

思い込んでいるような

感覚

「ひとりで満たされる」が

ゴールでないことは

分かっていた

でも

わたしの中には

「依存」の反対は

「孤立」という

この両極の図が

残っていた

まだ

この二つの間に

立っているつもりだった

いま

わたしがいるのは

自立の上に立ち

共に在ることを選んだ

その地点

一人で完結することと

一人で立てることは違う

もし

相手と並ぶ未来を

自然に描いている自分を

認めたら

「依存かもしれない」

「いなくなったら崩れるかも」

「軸が揺らぐかもしれない」

心の奥で

そう思っていた

だから

触れることが

できなかった

事実を知るのが

怖かった

過去の経験から

誰かと並んで

自分の輪郭が

崩れるのが怖かった

誰かと並ぶ自分は

知らなかったから

共に在ることと

依存は違う

でも

自分の輪郭が

少しだけ

柔らかくなる

一人でいる時の

整いすぎた自立から

「関係の中の自分」になる

わたしにとっての

「本気を見せる」は

共に在ることを

自分に許すことだった

わたしは

本当は

「一人の完成形じゃないのかもしれない」

この揺らぎが

最後まで残っていた

わたしの

本心

わたしは

もう

ひとりは嫌だ

本当の自分を

見てもらいたい

いつも

空気を読んで

誰かの気持ちを汲んで

先回りして

動いてきた

でも

もう

わたしは

頑張りたくない

頭で難しいことを

考えなくていい

そんな場所がほしい

心から

「安心」できる場所

「安心する」ことを

感じてみたい

その場所で

無防備な

自分の姿でいたい

わたしも

誰かに頼りたい

甘えたい

一人で立ち続ける自分には

戻りたくない

だから

もう

背中を見るのも

横顔を見るのも

嫌だ

ちゃんと

正面から

顔を見たい

「わたしはここにいる」

そして

一人じゃない

並んでいる

その光景が

「一人でも大丈夫」と

言っていたときより

違和感がない

自然に

目に浮かぶ

広い草原の上に

一本の

木が立っている

空の青

優しい陽の光

柔らかい風が

草たちを揺らしている

そこにある

二つの影

わたしの中に

そんな美しい景色が

描かれていた

ここから

世界が始まる

そんな

予感とともに

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