相手とのあの出来事のあと
わたしは
自分が感じたことを
相手に伝えるべきか
迷っていた
「言うほどのことじゃないかも」
「もう時間が経ってしまった」
気持ちが落ち着いてくると
自分が怒りを感じていたことが
「間違い」だったような
感覚になっていた
「わたしが勝手に怒ってしまっただけ」
自分の感情を
飲み込もうとした
「いまさら言っても困らせるだけ」
わたしは何か起こると
自分の感情を
内側へと沈めた
だから
その場ですぐ反応することが
苦手だった
一度ひとりになって
自分と対話をしながら整理しないと
自分の気持ちを存在させることが
できなかった
だから
人とは時差があった
そのせいで
夫や周りの人たちには
「今さら蒸し返さないで」
そう言われることが
ほとんどだった
わたしの中では
一度も話したことがないのに
その人たちの中では
過去の出来事だった
このズレも
わたしが
言葉を飲み込み続けたことに
繋がっていた
だからやっぱり怖かった
何かを伝えるたびに
否定されて
相手の空気が曇っていく
そんな記憶ばかりだった
何日も考えた
でも自分の中からは消えない
勇気を出して
伝えることにした
自分が
相手とのやりとりの中で感じたことを
伝えずに終わることは
やっぱり違うと思った
あのとき
とても悲しかったこと
あんな気持ちには
もうなりたくないこと
相手との時間は
わたしにとって
かけがえのないものだということ
その時間を
これからも大切にしていきたいこと
少しずつ整えながら
お互いが心地いい関係を作りたいこと
素直にそう伝えた
相手は
わたしがこんな風に
真正面から伝えてくるとは
思わなかったのかもしれない
相手は
言葉では本音を出さないけれど
表情や空気には出ていた
そこは隠せてなかった
あのときも
分かりやすい同意はもらえなかったけれど
その表情を見て
わたしは
たしかに触れ合ったと
感じることができた
そしてわたしの中で
わたしから声をかけにいくのは
これが最後になるような気がしていた
相手のあの「背中」から
わたしは自分の過去を見た
はじめは
背中を向けられて
傷ついている自分の姿だった
でも次に見えてきたのは
全身傷だらけで立っている
女性の後ろ姿だった
身体は傷ついているけれど
まっすぐ前を向いて
しっかり立っていた
「凛」としたその背中は
悲しみや寂しさに沈む姿ではなかった
あるのは
気高さと静かな怒りだった
自分の胸が
何かに突き刺されたように痛み出して
涙が流れ出した
そして気づく
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「あれは、わたしだ」
ここのところ
ずっと頭に浮かんでは
消えていた女性
あれは
わたしの後ろ姿だった
息が止まりそうなくらい
胸が締め付けられた
息子の出産の記憶が
よみがえる
なぜ
わたしはあの日のことを
ずっと根に持っていたのか
時間が経っても
消えなかったのか
いまでもはっきり覚えている
まだ
心の中に持ち続けている
でもわたしは
夫の性格や状況
周りの言葉を聞いて
「自分の器が小さいからだ」と
その感情の意味を
掴めずにいた
何ひとつ
納得できていないのに
自分のせいにしていた
けれど内側の自分は
「怒り」を消していなかった
ひとりでずっと
戦っていた
自分の中の怒りを
「存在」させていた
わたしは
夫の行いを許すことができなかった
「妊娠も出産も病気ではない」
何度も聞かされてきた言葉
だからといって
何の負担もなく
楽に産めるわけじゃない
身体的にも
精神的にも負荷がかかる
痛みだってある
必ず大丈夫と
命の保証があるわけでもない
無事に産まれてくるその瞬間まで
母親も子どもも
命がけの時間の中にいる
それなのに
出産という大事なときでさえ
わたしは
「優先」してもらえなかった
自分の意思ではなく
「周りの意見」に流され
わたしの気持ちを考えることなく
わたしを扱った
痛みに耐える中
声を振り絞って
わたしは夫に怒りを示した
夫は見てみぬふりをした
出産後
お礼を言いながら
わたしに触れようとする夫の手を
わたしは冷たく払いのけた
あの日だけ
「たまたま」起こったことなら
許せたかもしれない
でも違った
これまで蓄積されたものが
あの場で
一気に形になって現れた
わたしの
最後の一線だった
夫はそこを
土足で踏み越えようとした
あの日から
わたしの感情の温度は
下がっていた
でも
確信がもてず
迷っている自分がまだいた
内側の自分と
外側の自分が
まだ一致していなかった
それが
自分の背中を見つけたことで
すべて一致した
これまでの自分の生き方が
自己犠牲の繰り返しだったことに
気づいた
「誰かのために」
自分の痛みや傷に
気づかないふりをする
納得できていなくても
自分のせいにして
その場を保とうとしてきた
なぜ
そこまでする必要があるのか
「不安だから」
何も生み出せない自分には
価値がないと思っていた
だから役割を求めた
必要とされていると
感じたかったから
関係を失うのが怖かった
自分が無価値だから
去っていくのだと思っていた
自分が足りない人間だからだと
そう思い込んでいた
だから
自分を差し出すことで
補おうとしていた
身を削って
関係を成立させようとしていた
でも
それになんの意味があるのだろう
わたしは機械じゃない
生身の人間だ
永遠にすり減らして生きるのは
無理だ
どこかで限界がくる
そもそもわたしは
もう何度も壊れてきたんじゃないか
地の底まで落ちても
這い上がってきた
けれど深い傷もたくさん負ってきた
身を削っても
結局、傷ついているじゃないか
まだ耐える必要は
あるのだろうか
これまでわたしが
自分の甘えのせいにして
自分を責めて抑えてきたこと
あれが
「我慢」だったんじゃないか
わたしは
自己犠牲の自分を終わりにする
決意をした
「もう我慢はしない」
すると
わたしの前に
一本の道が見え始めた

