「安心の作り方」

人が安心を

感じるとき

誰かが

“見てくれている”

という感覚

人として

生きて

いくうえで

欠かせない

“生きる土台”

これを

つくっている

“見る”

“見ない”

これは

視線の向き

物理的距離の

ことじゃない

名前が

呼ばれる

変化に

気付いて

くれる

困っている

ことを

共有して

くれる

そして

返事が

返ってくる

こういう

小さな

積み重ねのこと

自分が

“見てもらって

いない”

と感じると

自分の存在は

空気に

なってしまう

“存在しているけど

 していない”

人が

“居場所”を失う

隣にいたか

どうか

とか

放置されて

いなかったか

それでも

ない

毎日の

“態度”の

積み重ね

それが

“見てくれている”

感覚を

育てる

そして

それが

“安心”と

なっていく

だから

子供でも

大人でも

関係ない

どちらも

同じこと

誰にとっても

大切で

必要なこと

自分は

ここに

“存在している”

自分は

ここで

“存在してもいい”

自分は

存在する

“価値がある”

人として

生きるための土台

それは

“安心の土台”

それが

“見られている”

という感覚

ここに

つまってる

目次