自分が
傷ついたとしても
責めたい気持ちに
なったことは
一度もなかった
痛くないわけじゃない
悲しさも
寂しさも
悔しさも
痛みと一緒に
いつも感じていた
ただ
それを
何かの形にして
ぶつけようとは
思わなかった
苦しいけれど
負の感情を
勢いで外に出しても
何も得られないと
分かっていた
自分の感情は
自分で引き受ける
痛みを
痛みで返さない
これは
我慢ではない
痛みを
循環させない
選択だった
自分がされて
嫌だと思うことは
したくない
いつも
その気持ちは
忘れずに持っている
何を
感じるかではなく
何を外に出すかは
自分で選べる
自分で
選べるからこそ
その選択には
責任がある
ただ
責められない状態は
逃げ場がない
わたしが
責めていたら
わたしを
悪者にして
そこから
逃げることができる
でも
それが
できないとき
ぜんぶ
自分の内側で
処理することになる
嫌でも
自分の投げたものと
向き合わざるを
得なくなる
わたしは
痛みを投げない強さを
持っている
けれど
それは
自分から逃げられない鏡を
渡すことでもあった

