「透明な存在」

自分の中に「まだ」あった

古いルール

そのせいで

相手に

視線を向けることができなかった

はじめは

そう信じていた

でも

一番底に

辿り着いた感じがしない

なぜだろう

何か

見落としている気がする

わたしたちは

鏡のような存在

いまは

同じ高さにいる

それなら

きっと

同じものを抱えているはず

相手が

わたしからの拒絶を

恐れていたのなら

わたしも

同じように

相手からの拒絶を

恐れていたのかもしれない

たしかに

自分の中で

古いルールは

更新されていなかった

でも

「視線を向けていい」という

新しいルールに変えたとして

果たして

わたしの身体は

本当に動くのか?

その答えは

すぐには返ってこない

わたしは

視線を「向けてはいけなかった」

のではなく

視線を「向けられなかった」

ルールに縛られていたのではなく

別の理由があるのではないか

相手からの拒絶

そこまで

恐れているつもりはない

もう

その段階は

越えたと思っていた

でも

思い返してみると

最近の

わたしたちは

状況が反転していた

だから

わたしに視線を向ける

相手の姿の奥に

わたしが見えていた

それは

過去のわたし

相手に

視線を向けていた頃の

わたしがいる

あの頃は

相手と視線が合うことが

ほぼなかった

逆に

不自然なくらいに

合わなかった

わたしの存在には

気づいている

でも

視線は合わせない

合いそうになると

逸らされる

でも

それを

拒絶だとは

思わなかった

強く意識しているからこその

行動なのだと

感じていた

過去にも

似たような経験を

したことがあった

だから慣れている

けれど

頭では理解していても

やはり

自然に

視線が合わない相手に

自分から接触しに行くのは

毎回

多くのエネルギーが

必要だった

相手に迷惑は

かけてはいけない

急な変化や

荒い刺激が

苦手そうな

印象があったから

なるべく

大きく動かさないように

そっと

丁寧に接するように

心がけていた

いつも

うまくいくわけでは

ないけれど

気を抜かないように

いつも

張りつめていた

わたしの意思で

行動しているのだから

多くは

求めない

たとえ

視線を合わせて

もらえなくても

背中を

向けられたとしても

拒絶されているわけじゃない

だから

大丈夫

そう

いつも

言い聞かせていた

反転した

この位置から

見えてきたこと

それは

その裏側では

深く傷ついていた

わたしがいた

理解は

していても

ほかの人たちは

自然に

視界に

入れるのに

「わたしだけ」

見てもらえない

自然に

接してもらえない

それが

「いないもの」として

扱われているようだった

わたしは

相手の世界で

「存在」させてもらえない

そのことが

わたしの中で

深い傷になっていた

なんでも

頭で理解して

飲み込んでしまうから

ここで

ひとりで泣いていた自分に

気づいてあげられなかった

自分の存在を

透明にされる

恐怖

身体がそれを

覚えてしまっているから

「また

 同じだったらどうしよう」

だから

動くことが

できなかった

わたしは

いまようやく

あの頃

傷ついていたわたしを

迎えに行けた

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