「大人であること」

“大人になったら”

10代のころ

大人になった

自分の姿を

想像してた

やりたいことを

やって

輝いている

大人の自分

そんな自分を

いつも心に

描いていた

ひとは

いつから”大人”に

なるのだろう

成人したら?

社会人になったら?

結婚して

親になったら?

いまの自分は

“大人”?

大人と子供の

境界線

それは

とても見えにくい

“あなたは

今日から大人です”

こんな風に

分かりやすく

教えてくれたらいいのに

みんな

気付かないうちに

“なんとなく”

大人になっていく

でも本当に

“大人”になってる?

“大人”って

なんだろう?

わたしが

思い描いていた

大人の自分は

一人で

立っていた

誰かと結婚して

寄り添ってるとか

子どもに囲まれて

幸せそうに

しているとか

友人と楽しそうに

遊んでいるとか

そうゆう姿じゃ

なかった

一人で

まっすぐ前を見て

まっすぐ

立っていた

その視線の

先には

自分が情熱を

傾けているものがある

わたしが

思っていた”大人”は

そうゆう

存在だった

誰にも

寄らない

ひとりで

しなやかに立っている人

“卒業したら

就職をする”

就職をしたら大人

就職をしなかったら

まだ子供

結婚して

親になったら

一人前

こんな考えが

世の中に

あったりする

だからひとは

少しずつ

自分の”役割”に

しがみつきだす

“社会人だから”

“親になったから”

はじめは

“初心者の自分”に

不安を感じている

でも次第に

“その役割の自分”から

安心を得ようと

し始める

“働いてるから大丈夫”

“子供を育てているから

ちゃんとやっている”

反対に

何歳になっても

定職に就かずにいる人は

たとえ

自分でその選択を

したとしても

安定した”役割”という

入れ物がない状態に

不安を

抱え続ける

“就職をしていない自分は

一人前じゃない”

そう

言い聞かせる

自分の選択と

迷いが

交差する場所で

一般的に

“大人”と言われる

年齢を迎えてしまうと

もう

言い訳が

できなくなる

すると

自分は”大人”だと分かる

証明が欲しくなる

だから

それを外側に求める

でも

それをしている時点で

まだ”大人”じゃない

それは

自分で自分を

“大人である”と

認めることから

逃げている

ことになるから

“大人”で

あることを

認めると

どうなるのか

すべての責任を

自分で引き受ける

ことになる

それはつまり

“大人でない自分”を

認めることになる

ひとは

この事実から

目を背けようとする

だから

“大人”と定義

しなくていい

曖昧な場所に

身を置いて

先延ばしに

しようとする

“周りもきっと一緒”

そうやって

安心しようとする

線を引くことが

怖いから

他者とのあいだの

輪郭を

ぼかして

誤魔化そうとする

慣れ合いの中にいないと

不安になる

もう

子供に戻ることは

できないから

“大人”とは

支える器がなくても

自分の足で

立つことができる人

自分で選び

決断できる人

“他者と自分”

そのあいだに

怖がらずに

しっかり線を引ける人

それが

“大人”と

“大人じゃない人”の違い

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