自分の人生を
“生きる”
ということは
ひとつの世界を
“引き受ける”
ということ
自分という世界
国を治める
ことと同じだ
その国の
王座に
自分で
座ること
それは
支配とか
上下の話じゃない
自分の国で
すべての責任を
引き受け
すべての判断を
自分で下す
たとえ
揺れ動いても
戻る場所を
失わない
これが
できないと
国は
治められない
王座に
座ることは
ロマンチックな
理想論じゃない
言い訳も
できず
誰かに
委ねることも
できない
弱さも含めて
ぜんぶ
引き受ける
逃げ場がない
決して
楽ではない
でも
そこから
逃げなかった
人間だけが
王座に座ることが
できる
そして
治め続ける
覚悟がある王だけが
国同士の外交を
することができる
依存でも
迎合でも
救済でもない
“対等な外交”
それぞれの国の
“キングとクイーン”として
はじめて
向き合うことができる
ただしそれは
あくまで
対話であって
合併ではない
だから人生は
命がけの
戦いだ
綺麗ごとじゃ
生き抜くことは
できない
まさに
自分との”真剣勝負”
王座に
座るとは
誰かを
守ることでも
誰かに選ばれる
ことでもない
自分の人生を
誰にも明け渡さない
その覚悟を
持つことだ
王座に座れるのは
その覚悟を
生きられる人間だけ
それは
“孤独”ともいえる
でも 孤独と
生きることができる
人間にしか
その資格は
与えられない
だからこそ
王座に在る
その姿は
気高さと
美しさで輝いている

