人の痛みに鈍い人が
好きじゃない
自分が同じことをされたら
派手に痛がるくせに
自分以外の人のことになると
急に鈍くなる
相手の痛みを
想像することを
やめてしまう
その姿勢が
受け入れられない
はっきり言って
嫌いだ
自分の言葉に
責任を持つことの意味
それが
どういうことを示すのか
一度考えてみたら
いいと思う
人は
完璧じゃないから
絶対に
誰かを傷つけないで
生きることは
不可能
相手が
どう受け取るかなんて
分からないもの
でもね
自分の言葉が
誰かを傷つける
可能性があること
それを
忘れちゃいけない
言葉は
一度外に出たら
もう手元には戻らない
だから
想像する行為を
放棄しないこと
それが大切
こんな風に
言葉のことを考えていたら
何も話せなくなる
と感じる人もいると思う
それも
自然なことだと思う
それでも
わたしはやっぱり
言葉は一番
暴力になりうるものだと
感じている
目に見えない分
治らない傷に
なることも多い
だからこそ
一度立ち止まって
考えてみるのも
悪くないんじゃないかと思う
言葉は
数えきれないほどの
役割を持っている
これは
本当にすごいこと
それならお互いを
傷つけ合うのではなく
人と人を
つなげるような
素敵なものであってほしいと
わたしは思う
もし 自分の言葉に
相手が反発や反論を
してきたなら
そこで話し合ったらいい
ぶつかり合ったらいい
傷つけてしまったのなら
その時に一度
立ち止まる
自分を
振り返ってみる
そして
必要なら 謝る
違うと思うのなら
正直にそう
伝えたらいい
自分で放った言葉に対して
それに向き合えないのなら
それは最初から
言わない方がいい言葉
それが
自分の言葉に
責任を持つということ
ひとりひとりが
ほんの少し
意識することができたら
世界は
もっと優しくなる
まずは
いちばん近い人から

