わが子への愛
この先
どうなるか
将来
どう育つか
期待に
応えて
くれるか
そういうのを
ぜんぶ
脇に置いて
いま
ここで息を
している
“存在
そのもの”
転んでいても
黙っていても
意味不明な
ことを
していても
ただ
「いるね」
「それでいいね」
そういう目で
見つめている
大人同士は
価値交換
期待
意味
未来
これが
先に立つ
でも
子供との
関係は
“存在
そのもの”が先
子供に対する
その目線を
他者にも
向けることが
できたら
“存在している
だけで十分”
保証も
成果も
役割も
いらない
それは
子ども扱いでも
上から目線でも
守る側でもない
存在への
“敬意”
同じ地面に
立って
同じ空気を
吸っている
ただ
“在るもの同士”
無条件の愛は
我慢でも
自己犠牲でも
耐えること
でもない
その先とか
後とかを
見ないで
そこに在る
状態
だけを見て
ただ
“愛しいな”
と思える
これが
成立
するのは
自分が
すでに
満たされている
“安全なとき”だけ
無条件の愛は
理想や
修行じゃない
それは
“状態”
自分が
整ったときに
自然と
立ち上がるもの
愛そうと
しない愛
与えようと
しない愛
つなぎ
とめない愛
だけど
いちばん深い
そんな
愛の基準
“そこに在る
それが、愛しい”
そんな感覚

