離れた場所から
同じ時間を
生きる
そう決めてから
わたしのやり方で
ここまでの時間を
走ってきた
自分の中に
流れてくる言葉
ビジョンとして
浮かぶ
色や形
わずかに感じた
違和感
いつもと違う
反応した
身体の動き
こういった
自分自身に起きた
微細な動き
これを
ひとつも逃さず
キャッチしてきた
そして
その度に
立ち止まり
深く潜る
色を使って
形を表現したり
意味を読み解いて
自分自身を
分析したり
どれだけ
量が多くても
なるべく鮮度が
保たれているうちに
言葉を紡いで
“その瞬間”を
形にして
置いてきた
それが
わたしの
並走の仕方だったから
ここまできて
新たな事実を
見つけることができた
“そのために”
やっていた
わけでも
予想していた
わけでもない
でも
振り返ってみると
とても大きなものを
わたしは
得ていた
言葉を
交わせるわけでもない
現在地を
確認できる
わけでもない
そんな中
自分の感覚だけを信じて
形にしてきた
だから
“合っている”のかは
分からない
わたしの
独りよがり
もしくは
ただの妄想かもしれない
それでも
自分の中に生まれた
この感覚
小さな
動き
これをひたすら
信じてきた
自分に嘘を
つかないように
外側には
頼らない
たとえ
情報として
何かが
入って来ても
信じるのは
自分自身
それは変わらない
自分だけのことなら
なんの抵抗もない
でも
そこに誰かが
存在していた場合
“憶測”に
なってしまう
正直はじめは
怖かった
“間違っているかも”
“こんなこと言って
大丈夫かな”
そう
思うこともあった
でも
次の瞬間には
“それでもいい”
そして
形にしていた
白黒はっきりしない
グレーな位置で
言葉で形にしてきた
不安定で
揺れ動きやすい
位置
でも
その中心には
“わたし”という
軸が
ある
だから
平気だった
この不安定な場所で
立ち続けた
あの時間が
わたしに
与えてくれたもの
それは
“自己信頼”
わたしがこの先
この世界で
生きていくなら
必ず
“評価”という
ラベルが
付いてくる
それが
良いか
悪いか
ではなくて
ここで
生きていくのなら
絶対必要になるもの
自分の世界が
広がれば広がるほど
その大きさや
数は
増えていく
それは
自分にとって
嬉しいものだけ
ではないはず
耳が痛いものも
必ずある
たくさんの声を
聞けば聞くほど
自分の軸が
見えにくく
なる
揺らぎ始める
すると
自分の創っているものが
“合っているのか”
分からなくなる
“何のために
創っているのか”
“この形で正解なのか”
“誰かを傷つけて
いるんじゃないか”
こういう
外側からの揺さぶりが
起き始める
ここで
折れてしまう人も
いると思う
それぐらい
外側からの”評価”は
強い存在だから
大切なのは
“自分を
信じ抜くこと”
ちゃんと
自分に
“戻ってくる”こと
たとえ
揺れて迷っても
最後は
ここに戻る
そのための
“自己信頼”
確信がない中
形を作り続けることで
わたしは
この土台をつくっていた
あの言葉の
ひとつ
ひとつが
積み重なって
自分への信頼に
つながっていた
何があっても
世界の中心は
“わたし自身”
これは
絶対に揺らがない
表現者として
必要不可欠な
“自分を信じる心”
あの時間は
それをわたしに
与えてくれた

