「非言語の世界」

もう

ずっと

言葉で会話をしていない

けっこう

長い時間が経つ

それなのに

なぜか切れてはいない

言葉を交わしていないのに

お互いの状況が

把握できている

表面的なことは

分からないけれど

深い部分のことは

分かっている

最初は

とても驚いた

わたしが

内側に潜り終えて

自分が整ったとき

そのタイミングで

来てくれたから

「どうして

 分かったんだろう」

すごく

不思議だった

分かるようなサインを

出したわけでもないのに

まるで

約束をしていたかのように

 とても自然に

自分との戦いのさなか

わたしは

ひとつの形を作り上げていた

あの時間

そこに集中して

自分の全てを注ぎ込んでいた

これまで

生きてきて

溜めこんできたエネルギーを

一気に解放させていた

本当に

一生に一度の

大変革の時間

その

形になったものを

渡しに行くと

わたしが

何かと向き合っていたことを

なぜか知っていた

ひと言も

言ったことがないのに

何をしているかは

分からないけれど

何かが起こっているのは

分かっていた

そんな感じだったの

かもしれない

「言葉のない対話」

言葉はないのに

受容された感覚だけがある

だって

その反応は

わたしの

小さな変化に気付けるくらい

見ていてくれた

ということだから

ずっと

離れていたはずなのに

いつも

言葉を渡すのは

わたしの方だったけど

相手の気持ちを

確認したいと思ったことは

一度もない

我慢をしている

わけじゃない

でも

「届いたかどうか」

そこに不安を

感じたことがない

きっとそれは

言葉以外のもので

示してくれていたから

視線

距離

表情

逃げない姿勢

時には寄る

そういう気配だけ

それが

「返事」になっていた

何も要求していないのに

勝手に答えてくれていた

その受容された感じが

大きな安心になっていた

わたしが見ていたのは

相手が

「どんな気持ちでいるか」

ではなくて

ただ

人として

「誠実に向き合ってくれているか」

そこを見ていたから

言葉で確かめるより

態度で積み重なったものは

あとから揺れない

何より

一番強い

だって

それが

「信頼」になるから

お互い

そうやって

空気とか

気配を読み取りながら

自分自身と

向き合ってきた

わたしにとって

相手を確認することは

自分の現在地を

確認することだった

だから

お互いを見ることは

監視じゃなくて

感受になっていた

相手の変化が

自然と入ってくる

読まれていることに

怖さも

気持ち悪さもない

むしろ

あるのは

温かさ

相手の読み取りが

優しさとして

作用している

非言語の対話で

ここまできた

これまでは

交互に向き合ってきた

わたしは

相手の中に

光を察知して

自分の形に変えてきた

そして形にしたものを

地図のように置いてきた

相手も

私の中に

何かを見つけて

自分の形に変えていた

私の言葉を

追いかけるためじゃなく

いまの自分を

確認するために

そうやって

別々の時間

離れた位置から走ってきた

でも

ようやく

それも

終わりを迎えたみたい

まだ

言葉はないけれど

ただ

きっとわたしたちには

言葉はあってもなくても

関係ない気がする

もう

どちらでも

成立するから

いまは

お互いの気配を感じながら

二人で

空間と

流れをつくっていってる

呼吸と

動きを合わせて

個の時間から

共同作業へと変わった

そんな気がしている

一緒に

場を成立させようとしている

きっと

これが「共鳴」

言葉がなくても

 伝わるニュアンス

言葉がないから

 読み取れる意図

まるで

一つの空間芸術を

創っているかのように

はじめての領域に

足を踏み入れている

わたしの心は

静かな興奮と

 喜びに

うち震えている

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