人が変わるとき
一番はじめに
背中が変わる
立ち方
歩き方に重みが出る
その迷いのない動きが
背中に輪郭を持たせる
まっすぐ
一本の軸が通っているような
ぶれない立ち姿
筋力がついたとか
体重が変わったとかじゃない
以前のような
線の細さが消えて
太さが出る
後ろ姿だけで
安定した力強さが伝わる
まるで
舞台俳優のようなオーラ
その場の空気が変わる
姿勢の変化の次は
顔つき
視線が変わる
それは
自分で自分を引き受けた
覚悟の顔
あの一瞬
わたしは
その表情と目線を見た
どんな反応をしたのか
そのときの自分が
思い出せないほど
わたしの内面に
強く
でも静かに
衝撃を与えた
まっすぐ
向けてくる視線
窺うでも
確認するでもなく
直視する
こちらの状態を
見ていたのかもしれない
わたしの表面ではなく
奥を
じっと
見据えてくるような目
まったく揺れがない
その目には
迷いが感じられなかった
視線に
迷いがないということは
自分がそれを見ることを
自分で自分に許可をした
ということ
自分で
自分の行為に
許可を出せる
すると
迷いがなくなる
相手が
どんな状態でも
どんな反応でも
関係ない
自分がしたいから
そうする
ただ
それだけのこと
自分の意識と
行動が一致した
自己一致
それを
あの背中と目線から
静かな決意
覚悟とともに感じられた

「自分らしく生きる」
それは
自分の人生の
主役になること
自分の人生で
他人の脇役を続けていると
自分の舞台の主役は
ずっと
不在になる
主役がいない舞台は
いつまで経っても
幕が上がらない
自分の舞台なのに
自分が
その座につけない
主役の座を得るために
自分自身との
熾烈な戦いを
ひとつずつ
クリアしていく
迷いが減ると
自己一致の数が増えていく
こうして
自分を取り戻した人は
「頑張って」主役をやるんじゃなく
「自然に」主役になっている状態になる
すると
日常が舞台になる
ここまで来ると
あとは
堂々と
主役として生き続けるだけ
何も
恐れる必要はない
だって
自分の人生だから
自分の力で
いくらでも
動かすことができる
やりたいように
生きたいように
演出すればいい
思い通りにいかないことも
壁と感じられるようなことも
すべては彩り
人生のスパイスでしかない
物語が
マンネリ化しないように
もう一人の自分に
見られているような
感覚が出ると
わたしは
スイッチが入る
主役を演じながら
第三者の視点を持つ
それが
観客なのか
共演者なのか
演出家なのか
それはきっと
人によって異なる
わたしの場合は
演出家だから
すべての
出来事や行動に
必然性を見出すような
目線で生きている
構想力というものは
ありふれた日常の中に
潜んでいる
特別な
「それらしい」場所じゃない
何気ない
やり取りの中に生まれる
「構造」
それを見抜く
ただの
よくある
ひとつの事実が
彩り豊かな
作品へと発展していく
だから
日々の生活を
ただ
何となく生きることは
勿体なすぎる
自分の人生は
すべて自分次第
自分の手で
いくらでも変えられる
自分の望む生き方を
手に入れられる
「何か楽しいことないかな」
口癖のように
そう呟いて
外側に目を向ける前に
自分の舞台の
主役の座が
どうなっているのか
まずそこに
目を向けてみるといい
自分の人生が
180度変わる
面白い展開が
待っているかもしれない
自分の人生
なのだから

