「見えない鎖」

それは

“洗脳”に近かった

少しずつ

手足の感覚が

奪われて

やがて

使えなく

なっていく

何が

正解なのか

自分が何を

したいのか

ひとりでは

判断できない

思考が

奪われる

いつの間にか

一人で

立つことが

できない自分に

なっていた

最初は

抵抗していた

自分のペースを

乱されるのが

好きじゃ

なかったから

一人で過ごす

時間がないと

息を

潜める

自分になっていた

でも

それを伝えると

表情が変わる

言葉が

冷たくなる

「怒らせてしまった」

わたしの

伝え方が

悪かったのかな?

言葉が

足りなかったのかも

友人と

遊ぶことも

許されなかった

はっきり

ダメと言われる

わけじゃない

「こっちは

 仕事してるのに」

「学生は自由に

 遊べていいね」

少しずつ

友人たちとも

距離が

でき始める

気付けば

わたしの生活から

“ひとりの時間”が

消えていた

相手は

8歳年上の社会人

わたしは

まだ大学生

学生のわたしは

仕事のことは

わからない

だから

発言権がない

一方的に

その人の

社会のルールだけを

教え込まれる

働いている相手は

価値があるけど

学生のわたしは

価値がない

相手の価値観が

わたしの中に

いつのまにか

住み着いていた

わたしの

行きたいところには

付き合ってくれた

でも

基準は相手

いつ

どのタイミングに

行くかは

わたしは

選ぶこともできない

だから

自分の予定を

入れられない

相手の

急な予定変更に

対応できないと

いけないから

そのかわり

たくさんの

“物”が

わたしに

贈られてきた

周りの子は

“羨ましい”

と言うけれど

“これで

文句は言わないよね?”

まるで

見えない鎖を

繋がれている

ようだった

わたしの言葉は

すぐに

相手の何かに

触れてしまう

ようだった

だから

何か言うと

すぐ

怒られる

機嫌が

悪くなる

相手は平気で

わたしを

傷つける言葉を

投げてくるのに

わたしの言葉は

許せないみたい

“よくそんなこと

言えるね”

“言葉に

気を付けなよ”

語尾の使い方に

細かいチェックが

いつも入った

二人とも

関西に住んで

いるのに

関西弁を

嫌がられる

理由は

“偉そうに

聞こえるから”

言葉の

語尾でさえ

わたしは

相手より

上に立つことが

許されなかった

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