とても
美意識の高い人だった
その世界で
働いていたこともあって
「外見」や
「立ち居振る舞い」に
とても
うるさい人だった
自分に対して
ではなく
相手の女性に
対して
すごく
完璧な
「理想の女性像」を
持っていた人だった
どこに出しても
恥ずかしくない
誰が見ても
褒めてくれる
一緒にいて
「自分の価値が上がる」
そんな
「女性」を
わたしのことを
とても
「ほめてくれた」
「絶対こんな風になれるから」
「だからこういう服装の方が
いいと思う」
「こうすればもっと輝けるよ」
いつも
「未来のわたし」を
ほめてくれた
雑誌に
載っている
色々な女優さんを
見せられるたびに
わたしの中には
相手の求める
女性の数が
一人ずつ
増えていった
もう
自分の姿は
どこにも
見えなくなっていた
「わたしの
可能性をみてくれているんだ」
わたし自身も
そんな風に
考えるようになっていた
今のわたしは
足りていない
まだまだ
頑張って磨かないと
「あんな女性」には
なれない
相手に
ほめられたいとか
認められたいとか
そうゆうことを
考えたことは
なかった
ただ
なぜか
「いまの自分じゃダメ」
その意識が
ずっと
自分の中から
消えなかった
だから正直
何に向かって
走っているのか
分かって
いなかった
この
「美」に対する
相手の意識
それは
「執着」とも
いえるかもしれない
それくらい
ものすごい熱量だった
話を聞いた友人は
一人残らず
「窮屈すぎて無理」
と言っていた
たしかに
とても窮屈だった
重くて
自由には
動けなかった
心も身体も
閉ざした状態だった
でも
わたしの中には
ほんのわずかに
動いている
部分があった
たしかに
わたしの好みは
聞き入れてもらえない
でも
相手の
洋服の選び方や
合わせ方
髪型との
バランスの取り方
色使い
一歩下がって
全体を
見る目線
毎日の
メンテナンスの
大切さ
日常の
小さな
積み重ねが
「美しさ」を
つくるのだと
隣でみていて
いつも
感じていた
相手が
そうして
生活をしているわけじゃない
相手が求める
「理想の女性」が
そういう
女性だった
わずかに
共感している
自分がいた
わたしの
「美」に
対する感性は
ここから
目覚め始めた
だから
相手の言いなりになって
お人形さん状態
だったけれど
完全に
流されている
わけじゃなかった
わたしは
あの長い時間の中で
相手の感性を
吸収して
学んでいた
相手の描く
女性像は
「男性を立てる
良妻賢母な
美しい女性」
目に見える
分かりやすい部分が
とても
大切だった
その
相手の理想の姿を
共有しながら
わたしは
「美しさ」とは
毎日の
自分の意識が
作り上げている
ということを
知った
外見ではなく
日々を
丁寧に
積み重ねることができる
ストイックな姿勢に
わたしは
強く
「美」を
感じていた
ずっと
「外見の美」を
教え込まれたと
思っていた
でも
そうではなく
叩き込まれていたのは
女性として
「どう生き
どう立ち
どう自分を扱うか」
この
わたしの美学だった

