「待つという在り方」

自分のタイミングで

何かを決めること

自分ひとりで

時間をかけて

考える

揺れて

迷って

逃げ出したく

なって

それでも

最後は

自分で選ぶ

“自分の

タイミング”で

そうやって

決断して

選んだことは

もう

揺らぐことがない

たとえ

周りが

少し揺れた

としても

“自分の

タイミングで動ける”

これは

人としての

“核”になる

人が生きる上で

“自分らしさ”

を求めるのなら

わたしは

過去に

“自分と向き合う

時間がほしい”

“整ったら

必ず戻るから”

そう

伝えたことがある

この時の

わたしは

自分の生き方に

目を向け

始めていた

そうしないと

一歩も

前に進めない

自分と

徹底的に

向き合うことが

できれば

“必ず戻れる”

そう思って

いたから

本当に

時間が必要だった

結果を急かされ

不安や苛立ちを

見せられて

心が揺れたり

こういった

外側からの刺激を

すべて

シャットアウトして

一対一で

自分と

向き合いたかった

そして

そのことを

何度も

言葉にして

伝えた

わたしは

未来を

諦めていなかった

“必ず戻る”

そう決めて

進んでいた

だから

“わたしの

タイミングを待つよ”

その言葉を

信じた

でも

先に限界が

来たのは

わたしじゃ

なかった

わたしが

“いつ”

整うのか

“あとどれくらい”

時間が必要なのか

何度も

聞かれた

そんなの

わたしが

知りたいくらいだった

そうやって

急かされるたびに

中断させられる

自分を責める方へ

入ってしまうから

“急がなきゃ”

“わたしのせいで

待たせているから”

そう思うほど

いつまで

経っても

自分となんて

向き合えない

そして

最後は

待たされることに

限界を感じて

“婚姻破綻

している”

“修復できなかった”

断定した言葉が

置かれた

分かっていた

終わりが

見えない中

ただ

待たされることが

辛くて

苦しいことを

だからこそ

集中したかった

なるべく

早く

戻りたいと

思っていたから

その言葉を

置かれても

すぐには

理解できなかった

そのときの

わたしは

相手の不安を

和らげるような

前向きな言葉を

返した

ただ

心の中では

“最初の

わたしの言葉は

どこにいったの?”

そう思っていた

わたしの言葉が

相手の言葉で

“なかったもの”に

なっていく

このことに

気づいたのは

しばらく

経ってからだった

気付いた時は

涙ではなく

笑いが出てきた

“あのお願い”は

わたしの

すべてをかけていた

自分の

これからの

生き方に

関わることだったから

いまここで

ちゃんと

向き合わないと

生きていくことは

できない

それくらい

強い覚悟を

持っていた

だから

待たせて

いることに

申し訳なさを

感じながらも

“待ってる”と

言ってくれた

その言葉を

心から

信じていた

その

わたしの思いは

相手の

焦りや寂しさには

適わなかった

だから

笑いが出た

最初から

最後まで

わたしの姿は

どこにも

なかったのだと

あの言葉が

持つ意味に

気付いた瞬間 

わたしの中にあった

“必ず戻る”

という言葉は

消えてしまった

“その人の

タイミングを待つ”

ということは

自分で

自由に決めさせて

もらえている

このこと

以上に

“待つ”でもなく

“手放す”でもなく

“奪わない”

ということ

焦らせない

確認しない

答えを取りに

いかない

“相手の時間を

尊重する”

それは

“その人の尊厳を

奪わない”

ということ

相手も苦しい

でも

自分も苦しい

それでも

相手を尊重して

自分も

自分の時間を

生きる

これが

成熟した

“関係の在り方”

なのだと

いま

そう感じている

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