Prologue
久しぶりに触れた
その世界は
その時の
わたしにとって
まるで
用意されていた
かのように
タイミングの良い
テーマを扱っていた
自分の進むべき道が
ようやく
明確に見え
これから
どう生きていくのかを
決意した直後
だったからだ
ラストシーン
白い衣装を
まとった
“自分の美学に
生きる男
ボー・ブランメル”
が舞台に立つ
その姿に
わたしの目は
一瞬で捕らえられた
そして
大粒の涙が
溢れてくる
決して
泣くような
場面ではないのに
胸の奥の何かが
反応して
しまったのだ
彼の
“美学”
“ダンディズム”
その世界が
扱っていた
“美学”
というテーマに
わたしの内側が
反応した
わたしにとっての
美学は
なんだったのか
そう問いかけられた瞬間
胸の奥に眠っていた
宝塚の世界が
静かに姿を現した
わたしの憧れ
わたしの夢
わたしの目標
わたしが
青春のすべてを
傾けた世界
この世界が
わたしという人間を
形作り
わたしの
美学の基本は
すべてここにある
わたしの原点
そして気付いた
わたしの
美学のすべては
ここから
始まっていたことに
この瞬間
胸の奥にあった
“原点”という言葉が
まっすぐに
立ち上がる
最初の衝撃
中学一年生の夏
初めて
宝塚の舞台と出会った
あの光景が
わたしの内側に
最初の”美学”を灯した
わたしが
初めて宝塚を
知ったのは
劇場ではなかった
母が友人に誘われて
観に行ったのが始まりだ
帰宅した母は
これまで見たことのない
表情をしていた
静かな興奮状態
母にとっても
わたしにとっても
この世界との
出会いは
人生を変えた
「初めて宝塚に
いってきたの!」
という母に対して
「ここは宝塚市なのに
何を言ってるんだろう…」
と思っていた
宝塚に住んでいながら
その”世界”の存在を
わたしはまだ
知らなかった
そんなわたしの隣で
母は見る見るうちに
のめりこんでいった
母に勧められた
わけでも
無理やり強要された
わけでもない
ただ
母が見ている
ビデオの映像と音楽が
ゆっくりと
わたしの中に
浸透していった
そしていよいよ
その出会いのときがきた
いつものように
流れている
テレビの映像に
わたしの目は
とまった
薄暗い中にいる
輪郭の
はっきりした存在
その存在は
「光」ではなく
油絵の具
のような質感
まるで
「塗膜」
のように重く
いきなり
存在していた
目が
離せなかった
呼吸をするのを
忘れてしまうくらい
目と胸が
引っ張られるように
釘付けだった
ただ
美しいだけ
じゃなかった
目が
“怒っていた”
それは
ただの感情的な
怒りではなく
抑圧された
自由への圧力
エネルギーが
立ち上がり
かけているのに
出口がないときの圧
「出口がない
でももう破裂寸前だ」
なぜか
そういった
ものを感じた
その怒りのような
強いエネルギーに
わたしは
一瞬で魅了され
惹き込まれてしまった
風が始まった日
母のあとを追うように
わたしも
宝塚の世界に
のめり込んでいった
わたしが
魅了されたその人は
もうすでに
退団されていて
生の舞台を観ることは
叶わなかった
でも
ビデオを
擦り切れるくらいに
何度も
何度も見ていた
最初は
その人を追っていた
その人から
にじみ出ているものを
感じたくて
ひたすらに
求めていた
でも次第に
“人”から
“舞台全体”へと
意識の矛先が
変わっていく
その変化の
きっかけとなったのが
中学二年生の時に観た
「エリザベート」だった
先に観劇に行った母が
帰宅するなり
わたしに向かって
こう言った
「これは
絶対見に行かなきゃダメ」
後日
わたしは
母に連れられて
劇場に向かった
大人気の作品のため
チケットは完売
あるのは
当日券だけだった
12月の寒い日だった
始発の時間に
車で向かい
当日券を
購入するために
長い時間
並んでいた
すごい
長蛇の列だった
「みんな
この作品を観るために
朝早くから来てるんだ」
そう思っていた
なんとかチケットを
購入することができた
席は立見席
それも前列
ではなく二列目
わたしは
前の人の隙間から
舞台が見える
角度を探した
母はこの日
体調が良くなかった
「わたしはいいから
あなたは観ておいで」
そう言って
一番後ろの
壁にもたれて
座っていた
わたしは
大人たちに囲まれて
開演を待った
そして
幕が上がった
風が起こった
目の前に現れた世界に
わたしの目は
一瞬で釘付けになった
これまで観てきた
どの作品とも違う
「なにこれ…」
まず音楽が
わたしを完全に
捕らえてしまった
胸が高鳴るのを感じた
息をするのを
忘れてしまうほど
予感がした
これはもう
止められない
舞台上から
わたしに向かって
風が来る
優しい柔らかい
ものじゃない
確かな輪郭
感触のある
力強い風が
音楽
物語
ダンス
衣装
舞台装置
照明
役者の歌唱力
すべてが
一体となって
その世界を
具現化していた
「ミュージカルだけど
音楽がクラシックだ…」
そう思った
あの日
風がわたしに
触れた瞬間
わたしの中の何かが
確かに目を覚ました
それはまだ
名前のない
衝動だったけれど
今思えば
すべてはここから
始まっていた
