わたしにとって
今日は
「区切り」の日だった
毎年来る
意味のある日
この日と
再会の日が近づくにつれて
わたしの心が
ざわつき始めた
「まさかね」
そうやって
誤魔化そうとしてしまうくらい
でも
やっぱり無視することは
できなかった
だから
昨日と今日は
涙の日だった
自分の選択が
何を意味しているのか
よく分かっている
何度も
自分と向き合って
問いかけてきたけれど
答えは
いつも同じだった
それは
相手がいても
いなくても変わらない
わたしが
わたしを生きるための
選択
だから
その意思は
変わらない
それでも
感情は
また別の話
たくさんの人の顔が
浮かんでくる
わたし一人の決断で
たくさんの部分に
影響が出る
考えただけで
胸が
押し潰されそうになる
なるべく
深く考えないようにしていた
感情移入しすぎると
飲み込まれてしまう
想像することが
得意だから
自分を保つためには
どこかで
線を引かなければいけない
「自分を選ぶ」ということが
こんなにも
苦しいことなのかと
なんだか
理不尽に感じてしまった
「わたしを生きたい」
自分に
正直になっただけなのに
まるで自分が
悪いことをしているような
気持ちになる
一気に
たくさんの感情が出てきて
胸が苦しくなったけど
やっぱり
わたしの答えは
変わらない
どうして
これまで深く
考えることができなかったのか
それは
怖かったから
誰かを悲しませることの奥に
人の感情や圧が交差する中で
わたしは
一人で立てるのか
自信がなかった
心は決まっていても
実際できるかどうかは
別問題
一人で
そこに立ち続けられる自信が
持てなかった
もし
味方がいなかったら?
ひとりで
矢面に立たなければいけなくなったら?
きっと
無理だ
わたしには
そこまでの強さはない
わたしが
その選択をすると
自分の人生が
ゆっくりと
でも確実に動き出す
いつかは
必ず通ることになる
立ち続ける自信がなくても
対面するときが来る
それを想像したとき
はじめて
「頼りたい」と思った
でも
すぐに
否定する自分が出てくる
「自分のことは自分で何とかしないと」
「それは甘えになるんじゃないか」
ずっと
自分に許可を出せずに来た
これまで
そうやって生きてきたから
「弱さを見せる」ことに
強い抵抗がある
自分が
崩れてしまうような気がするから
強い自分は見せられるけど
弱い自分は見せられない
これが
古いわたしの形だった
自分を見せることは
弱い部分も含めて
さらけ出すこと
「頼る」ことは
相手に
解決させることじゃなくて
弱さを見せること
「決断」は自分でする
でも「感情」まで
自分で抱える必要はないんだと
背負わせるのと
共有するのは
違う
本心では
いちばん
頼りたいと思っている
信頼
しているから
いてくれたら
心強い
そう
思っている自分がいる
もし
わたしが
反対の立場だったら
人生の転換期に
関わらせてもらえないのは
とても悲しい
頼ることは
甘えじゃなくて
伴走を許すこと
わたしにとって
未知の領域だから
とても怖い
でも
それが
「共に生きる」ということ
「もう、ひとりじゃない」
心から
そう思えている
わたしは
今日という「区切り」の日に
古い自分の
すべての役割の契約を
解除した
目が腫れるくらいの
涙と一緒に
例年と同じ日じゃなく
切り替わりの日になった
そして
誰かと共に歩く自分に
生まれ変わる
明日から
新しい自分が始まる

