喪失のはじまり
わたしにとって
ピアノを弾くこと
絵を描くこと
文章を書くこと
何かを創って
表現する行為は
「生きる」ことと同じだ
音楽は呼吸
芸術は生命線
そして文章は
わたしが確かに
ここにいるという証明だ
表現すること
自分の中にある情熱を
形にする夢をみること
これらを絶つことは
自分の命の灯を
絶つのと同じこと
そのことを わたしは
10年という年月の中で
身をもって
知ることになった
“絶望”は
真っ暗闇ではなかった
突然 足元が
崩れ去るようなもの
でもなかった
目の前に光がない
誰もいない
孤独な状況でもなかった
想像していたものとは
全然違った
わたしが見た
“絶望”は
わたしが生まれて初めて
心を動かされた
世界の姿をしていた
その世界は
わたしの原点だった
わたしの憧れ
理想
夢
希望
情熱
わたしの青春の
すべてであり
そこに向かって
必死に走っていた
わたしが生きるエネルギー
そのものだった
“それ”は
これまで数えきれないほど
目にしてきた
あの”いつもの光景”だった
そのいつもの光景に
心が全く動かない
自分を知ったとき
わたしの心は
完全に凍ってしまった
一縷の
望みだった
そこだけは
大丈夫
まだ
息をしているはずだと
信じたかった
でも それが
絶たれた瞬間
わたしの世界は
あっという間に
灰色となった
色も音も言葉も
すべてが光を
失くしてしまった
生きることが
苦しくて
どこに向かって
歩けばいいのか
自分がなんのために
ここにいるのか
自分の存在価値が
分からなくて
本当に
生きる気力を
失っていた
光を閉じたままの10年は
わたしの心の色を
ひとつずつ
静かに奪っていった
けれど
その暗さの底で
わずかに
息をしていたものがある
それが 次の物語へと
続いていくことを
このときのわたしは
まだ知らない
わたしの中で何かが折れた日
あの頃のわたしは
まるで薄く膜を
かけられたように
世界の色が
見えなくなっていた
光も音も
感情の温度も
どこか遠くで
鳴っているようだった
振り返ると
その変化は
突然ではなく
静かな喪失の
積み重ね
だったのだと思う
少しずつ
ほんの少しづつ
わたしは自分から
遠ざかっていった
わたしのその
“静かな喪失”は
結婚によって始まった
わたしにとっての結婚は
決して幸せなスタート
ではなかった
今思えば
スタートした瞬間から
その音は
聞こえ始めていた
知らない土地で
知り合いが
一人もいない中
仕事で家を
空けることが多い夫
孤独だった
話し相手もいない
ピアノもない
まだ仕事も
始められない
でも 自分の役割は
果たさないといけない
そう思っていた
だから
「帰りたい」とは
言えなかった
わたしがその言葉を
口にすると
心配している両親を
悲しませるのが
分かっていたから
自分で選択したのだから
我慢しないといけない
そう いつも自分に
言い聞かせていた
新生活を始めて
3か月も経たないころ
自分の中の異変には
気づいていた
気持ちが重い
すぐに
泣きそうになる
いつも 何かに
怯えて緊張している
自分がいた
帰省した時に
会った友人に
「ちょっと
鬱の気があるかも」
冗談のように
話していたが
それがこの後
現実のこととなる
ある日
わたしの異変に
すぐに気づいた母が
「そろそろピアノを
持っていったら?」
と、言ってくれた
わたしも母も
ピアノは持っていく
つもりでいた
予定では もう少し
落ち着いてからにしようと
思っていたけど
自分の状態をみて
早めようと思った
自分の中で
少し希望が見えた
瞬間でもあった
わたしはすぐに
夫に相談をした
でも
返ってきたのは
「え?ピアノ?
ここに持ってくるの?
なんで?」
そのあとに
「ピアノを持ってくる人
なんていないって
職場の人が言ってたよ」
「今じゃなくて
ちょっと様子見たら?」
「本当に弾きたくなったら
電子ピアノを買ったら
いいんじゃない?」
分かっている
夫は 純粋に
そう思ったから
そう言っただけ
そこに
故意的なものは
一切含まれていない
でもそれが
逆にショックだった
その言葉を聞いて
「わたし 音大に
いってたんだよ?」
「ずっと 音楽と
一緒だったの」
「そのこと
知ってたよね?」
「わたしは いま
弾きたいの」
静かに でも
重たくならないように
伝えてみた
でも なかなか
通じない
わたしは静かに
口を閉じて
言葉を飲み込んだ
自分にとって音楽が
どれほど大切で
大きな存在であるかを
分かってもらえなかったことが
わたしに深く
突き刺さってしまった
わたしにとって
ピアノを弾くことは
趣味とか
ストレス発散のためとか
そんなものじゃない
わたしを
生きるということだから
でも
この時のわたしは
まだそのことに
気づいていない
ただ 夫のその言葉が
“傷になるくらい痛いもの”
ということしか
分かっていなかった
あの時の わたしは
まだ知らなかった
この静かな痛みが
やがて長い暗闇へと
続いていくことを
心が自分でなくなるとき
ピアノを
弾けない事実は
わたしの心を
蝕んでいった
一日のうちに何度も
鍵盤の感触が
恋しくて
あの音の感触を
聴きたくて
それを思い出しては
一人のときに
声に出して
泣いていた
でも 誰にも
言えなかった
言っても
状況が変わる
わけじゃない
ただ
心配させるだけ
わたしの心の中で
留めておいたらいい
だから 母にも
明るく報告した
「大丈夫
時期をみて
考えるよ」
結局
実家のピアノが
動くことはなかった
次第に
わたしの身体は
病に侵されて
いくことになる
早いうちから
兆候があったように
わたしは
強迫性障害を
患ってしまった
わたしの症状は
嫉妬や妄想が
止まらないこと
起きている間中
ありもしない妄想が
延々と頭の中に
流れ続ける
本当に
気がくるっていた
ひとりで家から
出ることができず
人に会うのが
怖くて仕方がない
テレビなどの映像や
新聞や雑誌は
妄想のスイッチが
はいるため
触れられない
一人でいる時間が
長いのに
できることがない
夫がいない日は
度数の高いお酒を
何本も一気飲みして
倒れこむように
眠りにつく
そんな日々を
送っていた
何種類もの薬を
服用していたため
常に意識が
朦朧としていた
外で食事をしているときに
眠気に勝てず その場で
眠ってしまったことが
何度もある
この時期ほど
苦しかったことはない
もしかしたら 一生
治らないのかもしれない
そのうち病院に
入れられてしまうのかも
そんな不安を
いつも抱えていた
この頃のわたしには
不安と恐怖しかなかった
去っていった
友人もいる
「心配かけたくないから」
夫に言われて
夫のご両親には
内緒にしていた
それが わたしには
ものすごく辛かった
正直 つねに
発狂したい
くらいだった
その衝動を
何とかギリギリのところで
抑え込んでいた
こんなに苦しくて
辛くて
もがいて
痛みと戦っているのに
それなのに
ご両親の前で
何でもない顔を
要求される
「この人の目には
わたしが
苦しんでいるようには
見えないのかな」
またひとつ
わたしの中で
何かが閉じていった
雨上がりの光
薬を服用しているときの
わたしは
記憶がほとんど
なかった
すぐに
忘れてしまう
つねに朦朧と
しているから
視界がぼやけていた
当然のことながら
ものを考えることも
できない
一日十何時間も
眠っている
そんな状態だった
それでもまだ
起きているときは
妄想に苦しめられていた
眠っているか
苦しんでいるか
もう 生きている
感覚がなかった
自分が何者で
何をしているのかも
わかっていなかった
消えてしまいたい
何度この言葉が
出てきたか
わからない
そんな日々を
送っていた私だが
娘を妊娠したことで
風向きが少しづつ
変わり始めた
最初は
喜びや嬉しさは
出てこなかった
ただ 自分の
この状態で
薬をやめることが
怖すぎた
医者には
服用しながらでも
大丈夫と言われた
でも わたしは
考えていた
朦朧状態でも
しっかり自分と
対話して考えていた
「どうする?」
「薬をやめたら
あのひどい状態に
戻るかもしれない」
「でも この薬は
すごくきつい」
「薬を急にやめたら
反動に苦しむよ」
「でも、わたしには
やっぱりできない」
わたしは
誰にも相談せず
勝手に薬を
飲むのをやめた
「この子を守らなきゃ」
その気持ちだけだった
予想していた通り
薬を一気に
やめてしまったため
解脱症状がすごかった
動機
息切れ
発汗
めまい
“しゃんびり”と言われる
耳鳴りのような症状
でもまだ 妄想は
そんなにひどくない
わたしは
自分の呼吸を感じた
膜が張っているように
白くぼやけていた視界が
とてもクリアに
なっていった
耳に入ってくる音も
遠くない
まるで すぐ近くで
鳴っているかのように
はっきりと
輪郭のある音で
聴こえる
自分の呼吸の
音がする
空や葉に
色がある
雨上がりだった
雨のしずくが
光に反射して
光っていた
水色の空
白い雲
緑や黄色の葉っぱ
木の隙間から
淡いクリーム色の
光が差し込んで
視界がキラキラと
輝いていた
「きれい…」
自分が口にした
言葉に驚いた
「きれい
空が、光が」
手が震えてる
わたしは その光を
見上げて泣いていた
自分の心が
動いている
きれいだと
感じている
ずっと
忘れていた感覚
まるで 自分を
取り戻したかのような
そんな感覚だった
嬉しくて
涙が止まらなかった
わたしが
息を吹き返した瞬間だった
