序章 ―わたしが還る前に―

目次

わたしが「美のあいだ」と呼ぶ理由

わたしにとって”美”とは

作品そのものの中に

固まって存在するものではない

光と影のあいだ

言葉と沈黙のあいだ

外の世界と

自分の内側のあいだ

その境界線に

ふっと立ち上がる

言葉にならない

気配のことだ

絵でも音楽でも

ある瞬間

心の奥がわずかに

震えることがある

その存在から

にじみ出てくるものを

感じた時

わたしの心は

昂揚する

その”揺らぎ”が

生まれる場所

その微細な気配が

立ち上がるところ

それこそが

わたしの感じる

“美”だった

目に見えている

ものではなく

そこから

醸し出されている何か

そこに

究極の”美”が宿っている

そして美は

単体では生まれない

作り手と受け手

その二者のあいだに流れる

関係性の中で

立ち上がる

作品は

きっかけにすぎない

本質は

心が動く”体験”

そのものにある

そして

この双方に流れる

質の共鳴を

何よりも美しいと感じる

だからこそ

人と世界のあいだに

生まれる揺らぎを

わたしは

「美のあいだ」と呼んだ

わたしが描きたいのは

その境界に立ち上る

小さな光であり

心を静かに

本来の場所へ導いてくれる

道筋そのものだから

わたしが美を描く理由 ―心の旅のはじまり―

人は

美を求める

でも実生活では

真っ先にそれを

切り捨てる

その矛盾こそ

ずっとわたしの中に

残っていた

違和感だった

芸術は本来

「特別なもの」ではない

生活の

外側に置かれる

贅沢品でもない

むしろ

人の内側を整え

感情の渋滞をほどき

“自分らしさ”を回復させる

働きを持っている

ならば

今こそ芸術を

“生活の中心”へと

戻すときなのではないか

人が

心療内科へ行くように

芸術の力を使って

人の在り方を支え

整え

導くことは

できないだろうか

芸術は

心の奥まで届く

理性では

触れられない領域へ

静かに光を

差し込んでくれる

だったら

人の”在り方”を

整えるために

もっと積極的に

“美”を使っていいはずだ

わたしが創作という形を

選んでいるのは

この力を

ただ理論として

語りたいわけではないからだ

わたし自身が

何度も芸術に

救われてきた

どん底に落ちて

暗闇をさまよっていた時

生きる意味を

見出せなくて

もがき苦しんでいた時

その時に

音が

色が

光が

言葉にならない

わたしの内側を

そっとほどき

静かに原点に

戻してくれた

わたしに

生きる力を与えてくれた

その体験が

いまのわたしの

根っこにある

だから

わたしは”美”を描く

言葉で

音で

絵で

芸術の持つ力を

もう一度

人の生活の近くに

置き直すために

これはわたし自身の

“心の旅”の始まりであり

同じように

迷いながら生きる誰かの

小さな光になればと思っている

Re:わたし ――わたしがわたしへ返事を書く物語――

美を語るとき

どうしても避けて

通れないものがある

それは

わたし自身の内側に

積み重なってきた

“もうひとつの物語”だ

光と影のあいだで

揺れながら

あるいは

美を失いかけながら

それでも静かに

息をし続けてきた

わたし自身の時間

あの頃の わたしへ

見失っていた わたしへ

立ち止まっていた わたしへ

わたしはいま

ようやくあなたへ

返事を書く準備ができた

これは

誰かに語るための

物語ではなく

わたしがわたしへ

宛ててきた

長い長い

“往復書簡”のつづき

失われていた

感性が戻り

閉じていた

心がひらき

ふたたび”美のあいだ”が

見えるようになるまでの

静かな

帰還の記録

ここから始まるのは

わたしがわたしへ

返事を書くための物語

Re:わたしである

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