在り方とは、三つの自分が整うこと
在り方とは
三つの自分が整うことだ
外側の自分と
内側の自分
そして
そのどちらにも染まらず
静かに見守っている
俯瞰者
この三つが
同じ方向を向き
同じ中心を
共有し始めると
わたしという存在は
揺らぎがなくなる
「どう見られるか」と
「どう感じているか」が対立せず
その間にある俯瞰者が
そっと
バランスを取ってくれる
外側に引っ張られても
内側が揺れても
自分の中心が
動かない
すると
「この感じで
生きていて
大丈夫」
という確かな感覚が
身体の内側に
静かに立ち上がる
これは
努力ではなく
「整ったときに
自然に生まれる状態」
そして
この状態こそが
「在り方が立ち上がった」
といえる瞬間である
では
どうすれば
この三つの自分が
同じ方向を向き
整うのか
その第一段階としては
まず
「揺れている自分を
認識すること」がある
ここに気づかないことには
何も始めることができない
そのくらい
在り方を整える上で
揺れている自分を
認識することは
最難関といえる
なぜ
最難関なのか
それは
自分自身で見つけるほかに
方法がないからだ
他人は
人の心の中には
入れない
だから
自分の代わりに
その揺れを
見つけてもらうことは
できない
アドバイスを
もらったり
方向性を
示してもらうことは
できるかもしれないが
自分の中で
納得して
「これだ」と思うものを
探し出せるのは
自分しかいない
けれど同時に
この段階に
気づくことさえできれば
それは
誰にでも必ず
到達できる道であり
在り方は
すでに半分以上
整い始めているともいえる
では
その「揺れている自分」は
どのようにして
見つけるのか
揺れている自分を
見つけるというのは
単に
「感情に気づく」ことではない
怒り
悲しみ
不安
焦り
こうした感情は
波のように
自然に生まれてくる
大切なのは
その感情に反応している
「内側の声」に気づくことだ
「どう思われたんだろう」
「失敗したくない」
「正しくしなければ」
こうした
微細な反応が
揺れている
自分の正体である
だからまずは
内側に生まれた
どんな小さな揺れも
逃さずに見つめること
評価も分析もいらない
ただ
「あ、今揺れたな」と
気づくだけでいい
気づけた瞬間
揺れている自分が
姿を現す
揺れの正体を見つける――心の動きを理解するということ
揺れている自分に
気づけたとき
わたしたちは
ひとつの扉の前に
立っている
ここから先は
外側の出来事に
反応して揺れる
「表面の自分」ではなく
もっと
静かで繊細な
内側の微細な動きに
視線を向けていく
段階になる
では
揺れている自分を
どうやって
見つければいいのか
その方法は
特別なものではない
けれど
習慣になるまで
少し難しく
感じるかもしれない
心が揺れるとき
必ずその直前に
小さな感情の動きが
生まれている
胸の奥がざわっとする
言葉が頭の中で
急に増える
相手の表情に
過剰に反応する
「嫌だな」
「不安だな」と
うっすら
色のついた思考が出る
こうした
微細な変化こそが
揺れの入口だ
多くの人は
この最初のサインを
見逃がしてしまう
揺れたと
気づくころには
すでに心は
大きく動き
冷静に捉えることが
難しくなっている
だからこそ
揺れたあとを
追いかけるのではなく
揺れ始める瞬間を
捉える意識を持つ
感情の動きを
ひとつも逃さず
観察する
これが
揺れの正体を見つける
ということだ
観察するというのは
感情を消すことでも
理性的でいようと
頑張ることでもない
ただ
「今、何が動いた?」と
心のスクリーンを
一度だけ照らしてみる
それだけで十分だ
たった
一瞬のライトが
感情の渦に
巻き込まれずにいるための
余白をつくる
その余白は
前章で触れた
「俯瞰者」が
働き始めるための
スペースになる
揺れている自分を
見つけた時
人はつい
「こんなことで
揺れてしまうなんて」
と責めてしまう
けれど
本当は逆だ
揺れを見つけられた
ということは
基点に戻る道が
見え始めたというサイン
揺れ=弱さではなく
揺れ=気づきの入口
ここを誤解しないことが
在り方を整えていくうえで
とても大切になる
揺れを捉える――微細な心の動きを観察するという実践
前章で
揺れている自分に
気づくことが
在り方を整えていくための
最初の扉だと書いた
では
その扉を開いた
「その先」では
何が起きるのか
揺れに気づいたあとは
ただ
その自分を否定せず
判断もせず
静かに受け止める
段階になる
いま揺れている自分を
そのまま
認めてあげること
それは
自分の状態を
そのまま観察するという
最初の一歩であり
ここで初めて
わたしたちは
スタート地点に
立つことになる
では
自分の中の
「揺れ」に
気づけたなら
次に何をすれば
いいのか
それは
外側で起きた何に
自分の内にある何が
反応したのかを
そっと
見つめていくことだ
「嫌だ」
「怖い」
「悲しい」
といった感情の奥に
存在しているもの
自分は
いったい何に
「嫌だ」と感じたのか
相手に冷たい「態度」を
とられたことなのか
相手からの
ある「言葉」なのか
それとも
その「言い方」なのか
あるいは
その「シチュエーション」なのか
「嫌だ」という
一つの感情の奥には
これほどまでに
複数の要因が潜んでいる
この「内側の反応」を
見つけてあげることが
できると
自分は何に傷つき
何に反応しやすいのか
その心の仕組みが
少しづつ見えてくる
この心の仕組みに
気づくことができると
人は
感情の揺れに
巻き込まれにくく
なっていく
なぜなら
感情の奥には
別の要因があることを
もう知っているから
今度は
感情に揺れるのではなく
自分の内側にある要因を
探ろうとするように
なるからだ
こうなると
感情と
自分自身を切り離して
物事を見られる状態に
なっているといえる
つまり
感情に飲み込まれる自分から
一歩離れ
基点に戻るための準備が
整い始めている段階ともいえる
