第五章 存在するということ

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存在価値とは

存在価値とは

何かを成し遂げることで

得られるものではない

何かを証明するために

必要なものでもない

それは

すでに

そこにあるもの

わたしたちは

いつの間にか

何かに

向かっている自分こそが

価値だと信じるようになる

成長している自分

努力している自分

役割を果たしている自分

けれど

それらはすべて

存在価値そのものではない

自分の価値を
証明するための

ひとつの手段として
使っているにすぎない

本来の価値は

その前にある

何もしていなくても

何も持っていなくても

そこにあるもの

たとえば

赤ちゃんは

何もできない

何かを

成し遂げることも

誰かの

役に立つことも

自分の価値を
証明することもできない

それでも

その存在に
価値がないとは

思わない

この感覚を

わたしたちは
成長する過程で

少しずつ
見失っていく

代わりに

外側に
自分の価値を求め始める

評価
役割
成果
関係性

それらはすべて

変わり続けるもの

変わるものを

自分の価値の

根拠にする限り

安心は続かない

だから

人は常に問い続ける

「まだ大丈夫だろうか」

「まだ必要とされているだろうか」

その不安は

どれだけ満たされても

消えることはない

なぜなら

外側に置いた
自分の価値は

自分だけでは
保つことができないから

評価も
役割も
成果も
関係性も

変化し続ける

それらは

一時的に
安心を与えてくれる

けれど

その安心は
長くは続かない

だからまた

証明しようとする

この繰り返しが

自分を追い立てる

けれど

本当は

止まっていい

その空白の中で

本来の価値に

気づくことができる

何もしていない自分

何も持っていない自分

それをそのまま

認めること

それが

存在価値に

触れること

何かを満たす必要も

条件を揃える必要もない

ただ

存在している

それだけでいい

存在価値を見失う理由

わたしたちは

成長するにつれて

存在しているだけでいい

という感覚を

手放していく

言葉を覚え

評価を受け

経験を重ねる

その中で

できることや

役割が

価値だと学ぶ

できたときに

認められる

誰かの役に立ったときに

必要とされる

期待に応えたときに

評価される

そうした経験を

繰り返すうちに

いつしか

「何かができる自分」に

価値があると

結びつけるようになる

何もできない自分に

不安を感じ

何もしていない時間に

焦りを感じる

本来持っていた価値を

自分で

覆い隠してしまう

けれど

それは

失われたわけではない

ただ

見えなくなっているだけ

存在価値は

何かをすることで

増えるものではない

何もしないことで

減るものでもない

何ができても

何ができなくても

その価値は

変わらない

どれだけ

遠くに行っても

その価値は

自分の内側にある

在り方と存在価値

在り方が整うとは

何かを付け足すことではない

本来の位置に

戻ること

揺れの奥を見つめ

外側ではなく

自分の内側に立つ

評価や役割

成果や関係性を

自分の価値の

根拠にするのではなく

何ができても

何ができなくても

変わらずにある

自分の価値を

土台にするとき

わたしたちは

存在価値の上に立つ

そのとき

外側の世界に対する見え方が

静かに変わっていく

評価されることも

何かを成し遂げることも

誰かの役に立つことも

自分の価値を

証明するためのものではなくなる

何かを

証明するためではなく

ただ

自分として生きる

それが

在り方であり

存在するということ

存在価値は

見つけるものではない

思い出すもの

そして

それはずっと

そこにある

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Atelier soe

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