第一章 在り方の基盤をつくる内側の構造

目次

内側の世界を構成する三つの視点

わたしたちは

会話をするとき

言葉を話している

けれど

その行為は

ただ口から

音を出しているだけではない

多くの場合

わたしたちは

話しながら

心の中で

次に

何を言うかを考え

相手の言葉を受け取り

それに反応し

感じ

考え

選び取っている

つまり

そこには

外側で言葉を発している自分と

内側で言葉を選んでいる自分が

同時に働いている

しかし

この二つは

連動しているようでいて

必ずしも

一致しているとは

限らない

たとえば

心の中では

「こう言いたい」と思っていても

実際に

口から出る言葉が

少し違ってしまうことがある

また

内側では

納得していないのに

外側では

相手に合わせる行動を

とることもある

そのとき

内側と外側は

すでにズレている

では

この二つだけで

自分は

成り立っているのだろうか

自分の中に
ズレが起こっているとき

「なんだかスッキリしない」
「本当はこうしたい」

そんな違和感が
残ることがある

たとえば
相手に合わせて
「いいよ」と答えたあと

本当は
気が進まなかったことに
気づく

そのとき

相手に合わせた自分と
納得していなかった自分の
両方が見えている

どちらかを責めたり
すぐに正したりせず

今の自分には
こういうことが起きているのだと
見ている視点がある

それは

何も選ばず

何も判断しない存在

この視点を

ここでは「俯瞰者」と呼ぶ

俯瞰者は

行動もしない

思考もしない

意味づけもしない

ただ

目の前で

起きている出来事や

内側で生まれる

感情や思考を

そのまま見ている

この視点に立つとき

わたしたちの内側には

静けさが生まれる

揺れの外に立つ――在り方を支える俯瞰者の存在

ではなぜ

この俯瞰者が必要なのか

人は日常の中で

外側の出来事と

内側の反応のあいだで

常に揺れている

その状態で

判断をすると

選択は

不安定になる

だから

もう一つの基点が

必要になる

それが

俯瞰者という

視点である

俯瞰者は

怒りや不安

喜びや期待

他者の反応や評価に

巻き込まれない

だから

生き方を整えるための

原点になれる

それは

何も感じないのではなく

感じながらも

同時に見ている状態

この視点があることで

わたしたちは

出来事そのものと

そこから自分が受け取った意味を

分けて見ることができる

相手の反応が

気になって

すぐに

合わせようとするときも

「今、嫌われることが怖いのだ」と

自分の反応に

気づくことができる

怖さが消えなくても

その気持ちだけに
次の行動を

決めさせなくていい

すると

「今、何を選ぶのか」という問いに

はじめて

自由が生まれる

揺れる基準と揺れない基点

わたしたちは

日常の中で

無意識のうちに

何かを基準にして

選択している

気分や感情は
その時々で揺れる

過去の経験は
いま起きていることの
見え方に影響する

周囲の空気や
社会の価値観も

知らないうちに
判断の基準になる

それらに

気づかないまま選ぶと

自分で

決めているつもりでも

その時の反応や
周囲の影響に
左右されやすくなる

一方で
揺れない基点がある

それは

世界を見る位置

そのもの

この位置に立つとき

わたしたちは

評価や正解ではなく

ただ

見ている状態に戻る

この視点こそが

在り方の基盤になる

在り方が整うとは

何かを変えることではない

どこから見ているかが

定まること

その結果として

行動が変わり

やがて

生き方として

現れてくる

つまり

在り方とは

自分の内側にある

構造の問題である

そして

その構造を

理解することが

自分の在り方を

取り戻すことにつながる

Visual Direction & Words

Atelier soe

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