わたしは
「中途半端」とか「曖昧さ」が
嫌いだ
けれど
自分はどこか曖昧で
中途半端な人間だと
思い込んで生きてきた
だから人から
曖昧な扱いをされて違和感を抱いても
その人ではなく
自分自身を責めてきた
自分で真実を見えにくくして
自分で自分の首を絞めていた
わたしたちは
形を変えながら
何度も同じ構造を繰り返してきた
ついこないだまで
わたしたちの本気は
「動く」と「動かさない」
この形で現れていたと思っていた
時間が経ち
あらためて見てみると
違っていたことに気づいた
わたしはずっと
「切り離さないこと」
これが課題だった
どちらかを選ぶのではなく
「両方持ち続ける自分で在る」
その自分を手放さないことだった
違和感が生まれた
なぜ
わたしだけなのだろうか
わたしだけ
相手との関係を手放さないように
掴んでいる
相手は
自分を外に出せるように
動くこと「だけ」
本当にそれで
合っているのだろうか
偏りがある気がした
なんだか
対等に見えない
だから考えた
すると
見え方が変わった
相手も
わたしとの関係を
ずっと「手放さずに」いた
わたしはこれまで
関係性の中で
誰かを優先し
「自分を手放して」生きてきた
反対に相手は
自分を出さないことで
誰かとの「衝突を避けて」
生きてきた
どちらも
関係性を壊さないための動きだった
でも結果として
わたしは向き合ってもらうことができず
相手も
自分の意思とは関係なく
関係が壊れてしまったのかもしれない
これがきっと
従来のわたしたちだった
でもはじめて
二人が衝突したあの日
わたしたちは
ぶつかり合っていた
怒りの感情に
気づくことさえ難しかった
そのわたしが
「怒っていた」
わたしは
自分自身を切り放していなかった
あのまま
相手がわたしに対して
何も示してこなかったら
この関係は終わっていた
おそらくわたしが
続けていない
でも相手は
「謝って」きた
そんな関係性じゃないのだから
流すこともできた
何もなかったことにもできたはず
でも
しなかった
相手は自分の「意思」を
見せていた
あの出来事は
はじめての衝突だったけれど
同時に関係性が
成立していたことになる
わたしは
相手に「怒り」や「揺れ」を
隠さずにぶつけてきた
わたしは言葉や行動で
明確に示してくれることを望んでいたから
相手の行動が
返答の意味だと
すぐに気づけなかった
わたしの思い込みや
勘違いかもしれないと
確信に変えられなかった
相手はわたしからの投げかけに
自分から声をかけてきたり
髪型や身につけるものの変化で
見せていた
無意識のものもあったかもしれない
けれど「目に見える形」で
応答していた
わたしの望む形ではなかったけれど
そうした反応が意味すること
話している相手の
目の奥の強さ
そういったものを
わたしは読み解いて
「返してくれた」と
無意識で感じていた
だから表面ではずっと
言葉も意思も見せない相手の
その曖昧さに
怒りを感じていたけれど
その奥では
「違う」と分かっていたから
わたしは関係を切らなかった
わたしは
自分を消さずに
自分の怒りを存在させて
ぶつけた
そのわたしの怒りを
相手は避けずに
正面から受け止めていた
そして
言葉ではなく行動で
返していた
振り返れば
わたしたちは
最初から本気を見せ合っていた
過去に夫から
突然「離婚」の話をされたことがあった
本当に、突然だった
わたしの反応を見るために
その言葉を出してきた
それまで一度も
わたしの気持ちを
聞いてきてくれたこともないのに
一回目の切り出しが
それだった
それも真剣な向き合いじゃない
わたし次第では
「その可能性もあるよ?」
曖昧に投げられた
あのときのわたしに残ったのは
選択でも覚悟でもなく
「いつ切られるか分からない不安」だった
不安定な状況の中で苦しんでいた
何の心の準備もできていないわたしに
言葉の責任を持たずに
揺らすために投げてきた
その行為が
深くわたしを突き刺した
そこからわたしは
夫に対して完全に
怯える態勢に入ってしまった
夫の「離婚」の話は
この一回じゃなかった
わたしの気持ちを「確認」するために
そのあとも何度か出してきた
まるで世間話をしているかのように
混ぜてくる
その度にわたしは
また傷ついていた
わたしが
「離婚」という言葉を口に出すときは
すべてを引き受ける覚悟ができた
その自分になったとき
その一回だけだ
「結婚」も「離婚」も
遊びじゃない
ましてや
自分の不安を埋めるために
軽々しく言葉にしていいものでは
決してない
わたしにとってそれは
責任と覚悟が
同時に存在する言葉だ
夫が本気じゃないのが分かるから
こちらも向き合えない
切りたい気持ちが生まれているけれど
現実的に見て
いま別れたら
わたしは子どもたちと路頭に迷ってしまう
だから
こんな扱いをされているのに
「怒り」を見せることもできない
自分の本心を
表に出すことができなかった
心と行動が矛盾していることが
自分に嘘をついているようだった
それが苦しくて
心底悔しかった
「曖昧さ」は
相手にも自分にも
いい結果を生まない
残るのは
痛みと傷だけだ
だからわたしは
「曖昧さ」が嫌いで
それに敏感だった
相手は曖昧に見えた
けれど
すべてはそうじゃなかった
まだ自分の軸ができていなくて
不安定さはあったけれど
小さくても
「必ず」返してくれた
わたしは
「曖昧さ」そのものが
嫌だったのではなく
「何も返ってこない状態」が嫌だったことに
気づいた
夫は
曖昧に投げるだけ投げてきて
責任も行動もなかった
わたしには不安だけが残り
切り離したくなった
相手は
言葉は少なく曖昧に見えるけれど
行動がゼロじゃなかった
だから切り離さなかった
わたしはずっと
曖昧さの中にも「本気」があるかどうかを
見ていた

無意識だったけれど
相手の曖昧さの中にある
「静かな本気」
わたしはずっと
それを
見つけながら受け取っていた

