ピアノへの想い
ピアノと初めて
出会ってから
わたしの中には
新しい何かが
生まれていた
この感覚が
何を意味しているのか
自分の奥深い部分では
わかっていたと思う
でも
そのことに気付くまで
かなりの時間が
必要だった
見て見ぬふりを
するしかなかった
でも ずっと
気になっていた
それは 本当は
ピアノに惹かれていたのに
その気持ちを
素直に受け取れなかったこと
好きだと認めたら
何かが壊れてしまうような
気がしていたこと
心のどこかで
気になって仕方ないのに
その理由がわからない
見ないふりをしても
胸の奥がざわつく
でも なぜ
気付けなかったのか
その答えは
音大に入ったときにあった
わたしは
ピアノ科ではなく
音楽を学ぶ環境に
身を置いたことで
“本当の意味で
音と向き合っている人たち”を
すぐそばで見ることになった
毎日、音にすべてを
注いでいる仲間
楽器と生きているような人たち
音楽そのものに
人生を捧げている姿
その光景を
目の前にした瞬間
わたしは
静かにフタをした
「ピアノは小さい頃から
やっていないとダメ」
「わたしは、もう間に合わない」
「わたしの想いは、本物じゃない」
「わたしなんかが
好きだなんて言ってはいけない」
そう思いこんで
自分の中の芽を
自分でつぶしてしまった
今思うとあれは
“恋煩い”に似ていた
遠くから見ているだけで
理由もなく気になって
近づくことが怖くて
でもずっと視界の端にいる
好きを憧れと
勘違いするみたいに
「近づけない」と
思っていたものほど
本当は 自分の内側に
深くあるものなのだと
距離があるように見えて
実はゼロに近い
なぜなら
その気持ちはずっと
自分の中に
あったものだから
自分の本心に
気付けなかったのではなく
気付いてしまったら
戻れなくなると思っていた
だから
見ないふりを
していただけなんだと
ピアノを「好き」
と言った瞬間
人生が動いてしまう
気がしていた
ずっと心が
震えていたのに
それに気づくのが
怖かった
それが 長い間
わたしが「本当の気持ち」を
受け取れなかった理由だった
音のない世界
“空白の10年間”
この年月は わたしが
音楽から離れていた時間を
指している
意図して
そうなったわけじゃない
いろいろな要因が
重なって
結果、そうなってしまった
でも わたしには
無理やり引き離されてしまった
という感覚のほうが強かった
25歳の時 わたしは
人生の転機を迎えていた
自分の立ち位置
住環境
仕事
本当に自分をとりまく
全てのことが
3か月にも満たないうちに
一変してしまった
目まぐるしく
過ぎる時間
毎日のように
耳に入ってくる外側の声
休んで
ひと息つく間もない
この頃のわたしは
完全に大きな波に
のまれていた
自分の声なんて
一切、聞こえていなかった
新天地で
新生活をはじめたわたしは
そこにもピアノを
持っていくつもりだった
そもそも
持っていかない選択肢が
存在していなかった
ピアノがない生活なんて
想像したこともない
でも現実は
うまくいかなかった
「そんなの持ってくる人、いないよ」
「とりあえず、様子みたら?」
そんな言葉が
向けられて
わたしは
飲み込んでしまった
「大丈夫、なんとかなる」
そう 自分に
言い聞かせたのを
今でも覚えている
でも
全然大丈夫じゃなかった
わたしは
これまで生きてきて
あの時ほど
ピアノを欲したことは
なかったと思う
弾きたくて
仕方がなかった
鍵盤に触りたくて
音の感触を聴きたくて
一人で
泣いていたこともあった
ピアノがない生活は
次第にわたしから
音を遠ざけていった
音だけじゃない
絵を見ること
観劇すること
何かを創ること
美を感じること
感動すること
創造すること
すべてが
止まってしまった
そこから わたしは
音のない世界で
10年間過ごすことになる
あの時の
ピアノを心から
切望していた自分の姿を
わたしは
忘れたことがない
ピアノとの再会
ピアノとの
再会のきっかけは
子どもたちだった
子どもたちが
通う幼稚園で
コーラスのサークルに
参加をすることにした
そこでわたしは
懐かしいあの感覚を
味わうことになった
「音がある」
発声練習
ピアノの音が
空間を満たしていく
わたしの胸は
確実に何かに
反応していた
声に出して歌うのも
久しぶりで
最初は声が出なかった
でも すこしづつ
自分の中で固まっていた何かが
動いているのが分かった
場所も人も
自分が過ごしていた場所とは
違うけれど
わたしは
あの空間を”知っていた”
次の年、わたしは
ピアノ伴奏を
担当することになった
10年以上
ピアノに触れていない
でも
弾くことになった
これが
わたしとピアノの再会
わたしは 10年ぶりに
実家にある
自分のピアノの蓋をあけた
音を出してみる
この鍵盤の感触
耳の響き
懐かしさが
一気に押しよせてきた
指は
全然動かない
楽譜も
難しくないのに
目がちかちかして
追いつかない
身体も頭も
スイッチがまだ
全然入っていない
入っているのは、心だけ
「音が出る」
音を鳴らすたび
嬉しさが
こみあげてくる
つたない演奏だけど
喜びに胸が
うち震えていた
頬に 涙が
つたっていた
「ピアノが、弾けるんだ」
ここから
わたしは静かに
ピアノへと戻っていく
そして気づけば
のめりこまずには
いられなかった
偶然のようで、必然だったこと
わたしにはずっと
どうしても消えない
コンプレックスがあった
これが わたしの中に
根深く刺さり続け
長い間
もがき苦しみながら
深く葛藤することになった
それは
“ピアノを始めたのが、14歳だったこと”
「え?それがなんで?」
「14歳から始めて、何が問題なの?」
と、思われるかもしれない
でも わたしには
人生を左右するくらい
大きなことだった
わたしが
ピアノを始めたのは
14歳のとき
高校受験のために
必要だった
ただそれだけの理由で
でも今思えば
それは偶然を装った
“はじまり”だったのかもしれない
無謀にも
音楽科への受験を
希望していたため
ピアノが必須だった
そこで出会ったピアノ
本来なら
段階を踏んで曲のレベルを
あげていくと思う
でも
そんな時間はないため
わたしは 入試に向けて
「ソナチネ」から
始めることになった
正直、当時のわたしは
「”ソナチネ”って何?」
という無知さだった
ピアノに関する知識は
無いに等しく
右も左も分からない
そんな状態だった
当然のことながら
ピアノを弾くことは
ものすごく大変だった
本当に、苦労した
そして わたしの中に
ある言葉が浮かび
それがこびりついて
離れなくなっていった
「ピアノは、小さい頃から
始めていないとダメ」
まるで
なにかの呪いのように
この言葉が
わたしを縛り付けていった
今ならわかる
何も
遅くなんてない
そもそも
ピアノ歴5年にも
満たないのに
音大に来ている子たちと
自分を比較していること自体が
失礼だし 間違っている
はっきり
そう言えるのに
当時のわたしには
分からなかった
ただ ひたすらに
自信を失い続けて
心にある情熱を
静かに
静かに隠していった
こうしてわたしは
ピアノへの恋心を
抱えたまま
その想いを
「なかったこと」に
しようとしていた
ただ同時に
あの頃のわたしの
葛藤のすべてが
わたしを
今のわたしのところへ
連れてきてくれた
音にのまれる幸福
コーラスのピアノ伴奏を
することが決まり
わたしは基礎練習から
始めることにした
古い楽譜を
引っぱり出してくる
基礎練習といえば
「ハノン」
「ツェルニー」
あたりが定番
弾くのは
学生の頃以来だった
自分の指の
絡まり具合に
笑いが出てしまう
「楽譜って
どうやって読むんだっけ?」
そんな初心者みたいなことも
言っていた
長い間 離れていると
こんな簡単なことも
できなくなってしまうのかと
驚いた
まるで休みボケのような
そんな感じだった
でも 次第に
変わっていく
その変化は
ゆるやかなものではなかった
当時は
コロナ禍だったこともあり
時間があった
わたしは毎日4時間以上
ピアノに向かっていた
最初は
ハノンを順番に
何も考えず
ただひたすらに
弾き続けていた
その状態が
とても心地よかった
あれが
わたしの身体と頭に
スイッチをいれる行為
だったのだと思う
次第に
弾き方について
調べたくなってきた
「いい音とは?」
「どの順序で進めば
基礎ができあがるのか」
徹底的に
調べ始めた
インターネットの
情報はもちろん
書籍を買いあさり
大学時代の友人に連絡をして
アドバイスをもらった
朝から晩まで
ピアノ曲を流し
数時間の
ピアノ練習
練習時間以外は
ピアノに関する本を読んで
知識を得る
何もない時間が
ないくらい
常にピアノのことを
考えていた
わたしの生活は
まさにピアノ一色に
なっていた
自分になくて
コンプレックスに感じていたものを
一気に取り戻したような
そんな感覚だった
完全に没頭状態
のめりこんでいた
この頃はまだ
自分のこの行動が
何を意味しているのか
深くは考えていない
ただ ずっと
知りたかったことを
自分の力で
一つずつ
手に入れている感覚が
わたしの胸を
震わせていた
一歩一歩 確実に
感触を確認しながら
自分のペースで
進められている
その事実が
わたしを
満たしてくれていた
「楽しい」
本当に 心から
そう感じることができた
わたしは 初めて
ピアノに夢中になっていた
静かな確信
ピアノと
再会したわたしは
もうピアノの虜だった
まもなくして わたしは
自宅にグランドピアノを
置くことを決意する
そして意外にも
とてもスムーズに
ことは進んだ
本当に
すべてのタイミングが
きれいに重なったとしか
思えないほどに
自宅にピアノを
置いてすぐ
わたしにピアノレッスンの
流れがやってきた
その子は
ピアノに対して
少しトラウマを持っている様子だった
先生や親が
意図する通りに
動くことができなかったのだと思う
できないから
お母さんは必死に
練習させようとする
本人も
期待に応えようと
必死に頑張る
でもその結果は
先生や親が
期待するものとは
少し違っていた
その微妙なズレが
積み重なって
その子の扉が
閉まりかかって
しまったのかなと感じた
初めてのレッスン
今度は
ピアノレッスンについて
調べまわる日々になっていた
一般的に行われている
ピアノレッスンの形
目指すところ
発達がゆっくりな子でも
通いやすい環境とは
色々調べながら
自分の中で感じているものを
掘り下げていった
そこでいきついたのは
“その子のペースに
合わせるレッスン”にしたい
ということ
自分の子どもを見ていても
実感していたのは
子どもには それぞれ
“固有のペース”がある
ということ
そして 大人が決めた枠に
すっぽり収まらない子もいる
だから
「子どもにこちらのペースに
合わせてもらう」のではなく
「こちらが子どものペースに
合わせる」
その子が持っているペースを
尊重したい
そう思った
だから、最初
その子のレッスンの大半は
工作で終わっていた
まだ、ピアノを弾くことに
背中を向けている感じが
あったから
一緒に折り紙をしたり
その子が夢中になって
作る作品について
質問をしてみたり
一見
ピアノとは全く関係ないと
思われることを
何か月も続けていた
でもある日
突然変化が訪れる
いつもと違って
その日は 最初から
ピアノに向かっていた
自分から楽譜を開いて
自分で弾き始めた
その日以降は
工作ではなく
ピアノに向かうようになっていた
自分が練習してきた部分を
聴いてほしい
そんな声が
聞こえてきそうだった
あの子の中で
何かが変わったのかもしれない
それは
はっきりとは分からない
でも 自分のやり方が
本当に合っているのか
分からない不安と
戦っていたわたしにとって
この出来事は
とても大きかった
まだ 確信は
持てないけれど
小さな自信を
確かにくれた
そんな出来事だった
感性の扉が開くとき
レッスンを続けていくと
わたしの中に
ある不安が見え隠れし始めた
それは
「ピアノ科を出ていないわたしが
ピアノ講師になってもいいのか」
ということ
答えはイエスで
世の中には
様々な経歴のピアノ講師の人が
存在している
頭では
理解している
別に何の
問題もない
でも わたしの何かが
ストップをかけている
その正体が
何なのか
まったく分からなかった
何度も自分に
言い聞かせた
「ピアノについて
知らなさ過ぎたからだ」
「技術的にレベルを上げたら
この不安はなくなるはず」
「音大受験を目指す教室に
しなかったらいい」
「世の中には色々な形がある」
でも、わたしの中から
不安が消えることはなかった
「わたしがやるべきことは
これじゃなかったんじゃないか…」
とさえ、思うこともあった
そんな私のもとに
新しい子がレッスンに
来てくれることになった
その子は 幼い頃は
おもちゃのピアノを
本当に楽しそうに弾いていたけれど
ある時から
パタリと弾くことやめてしまった
もう一度
あの楽しそうに
ピアノを弾く姿を見たい
そんなお母様の願いから
わたしのところに来てくれた
その子は
とても音に敏感な子だった
それもあってか
最初はピアノの部屋には
入らなかった
ピアノを鳴らすと
耳をふさいでいた
わたしは、方向を
変えることにした
音符積み木を用意し
すごろくや音名カードを
手作りして準備をした。
「ピアノを弾く」以外のことを
することにした
あの子にとって
ピアノが
どんな存在なのか
わたしはそれが
知りたかった
なんとなく 自分と
似ている気もしていた
自分の本音が
どこか奥深くに
しまい込まれているような
そんな印象を
あの子から感じていた
とても想像力が
豊かな子だった
なんでも自分流に
アレンジをして
楽しいゲームに
変えてしまう
これは
すごい才能だな
そう
本気で思った
ますます
この子の感性は
どこからきて
どこまで続いているのか
知りたくなった
そして
「この子の芽をつぶしたくない」
そう思った
すごろくが
大好きな子だった
同じルーティーンをすることで
安心を得ている部分も
あったと思う
すごろくは
1年間続いた
そして その時は
やってきた
一人でピアノの部屋に入り
一人でピアノを
弾き始めたのだった
わたしもお母様も
一瞬何が起きたのか
分からなかった
でも、夢じゃない
あの子が
ピアノに向かって
音を出している
その姿を見て
二人で泣いてしまった
「あぁ、この子は
ピアノが大好きなんだな」
そう感じた
瞬間でもあった
ようやくあの子の中で
ピアノに触れることに
許可を出せたのかもしれない
1年間かけて
ゆっくり
ゆっくり
そして 次は
わたしの番がやってくる
好きに気づくということ
自分の中にある
不安を打ち消すためには
自信をつけることだ
という結論に
至ったわたしは
ピアノのレッスンに
通い始めた
新しい先生との出会いは
わたしにたくさんの
変化をくれた
「基礎から
徹底的に学びたい」
わたしの
意向を伝えた
レッスンは
目から鱗の連続で
最初は必死だった
でも とても
楽しかった
充実感が
すごかった
そんなわたしに
もうひとつの出会いが
待っていた
その人が 自分が
極めていることについて
素直に「好きなんです」と
いっている姿に
衝撃をうけた
今の時点では
それは本職ではない
でも
「得意分野です」
「好きだからやっている」
堂々と言っているその姿に
素直にすごいな
と思っている自分と
戸惑っている自分がいた
「すごく、きらきらしてる」
確実に 自分の中で
何かが揺れ動いている
そしてそれは
小さい揺れじゃない
「どうして、あんなに
自信をもって言えるんだろう」
「どうして、わたしは
こんなにもひっかかっているんだろう」
その人と話をするたびに
その疑問が
クリアになっていく
「じゃあ、わたしは?」
答えは すぐに
出てこなかった
というよりも
言葉になりかかっているのを
出させないように
抵抗している感じだった
「わたしが好きなものって、何?」
「わたしは、どうなりたいの?」
はじめて
表面じゃない
奥深くにいる自分に
問いかけた
「わたしは、あんな風になりたい」
きらきらした瞳で
素直に好きなものを
好きといえる
そんな
自分になりたい
自分が 本当に
心から求めていたものは
なんだったのか
今まで こんなに
近くにあったのに
あの時
触れられなくて
あんなに苦しい
思いをしたのに
ずっと 気になって
忘れたことなんて
なかったのに
それなのに
まったく見えていなかった
なんで
気が付かなかったのか…
心の奥深くでは
ずっと強く
求めていたのに
理性が 強く
ブレーキをかけていた
本当に
とてつもなく
強力なブレーキを
でも
そのブレーキが
外れた瞬間
一気に見えてくる
本当に こんなに
すぐ近くにあった
距離なんてない
もうずっと
自分の中にあったから
もう
気付いちゃったからね
後戻りは
できないんだ
ずっと
守っていくって
決めたから
だからもう
迷わないよ
「わたしは
ピアノが大好きなんだ」
立ち位置を変えた日
レッスンで その子と
すごろくをするたびに
考えることがあった
それは
「この子は、何に
拒否反応を示しているのだろう」
ということだった
とても理解が
早い子だったので
学校の音楽の教科書なら
自分で読譜ができているし
弾くこともできる
でも 本人は
「わたしは楽譜を読めない」
と言う
ピアノを弾くときも
わたしに見られたり
一緒にいるところでは
弾かなかった
部屋に誰も入れず
ひとりになった時に
弾いていた
わたしの目には
彼女が背中を向けて
小さくうずくまっているように
見えていた
なにか彼女の中で
固く閉じてしまったものが
あるような気がしていた
その部分が溶けないと
外側から何を言っても
彼女には響かないのかもしれない
そう思い始めた
それまでわたしは
どうしたら彼女に
読譜を習得してもらえるか
を考えていた
なぜなら
彼女の「楽譜を読めない」
という言葉の裏には
一から習っていないから
よく分からない
という意味があって
だからその過程をたどることが
必要なのではないかと
考えたからだ。
一枚ずつ
薄い膜を
重ねていくように
段階を踏んでいけば
きっと自分で
学んだ記憶が残り
「わたしは楽譜が読める」
という言葉と自信に
変わるのではないかと思った
この考えが
まったく見当違いだとは
思っていない
でも 彼女の本質は
そこではなかったのだと思う
「わたしは この子に
どうなってほしいんだろう」
自分に問いかけた
楽譜を
読めるようになる
そして楽譜を見て
ピアノを弾けるようになる
もちろん これも
間違いではない
しかし
「この子はいま
楽譜を読めるように
なりたいと思ってる?」
そう考えた時
わたしからは
イエスの返事が
出てこなかった
「ピアノを自由に弾くためには
自分で楽譜を読めるように
なることが大切」
この 従来のレッスンの
基本的な考え方
形に添って考えていた
自分に気が付いた
この考え方は
今のあの子には
当てはまらないのではないか
そう感じたわたしは
大学時代の友人に連絡をした
元ピアノ科出身の彼女は
いつもわたしの
ピアノの相談に
乗ってくれていた
ここから
いよいよわたしは
自分の向かう道に
進み始めることになる
逃げ場のない場所で
友人との長時間の
電話の中で
見えてきたものがあった
それは わたしが
過去に封印して
“絶対に二度とやることはない”と
断言したものの
存在だった
ひとは
本当にやるべきものを
探し当てたとき
それは 自分が
最もやりたくないと
思っていたものの姿をしていると
聞いたことがあった
まさに
それだった
わたしは 大学で
“音楽療法”を専攻していた
音楽療法という言葉が
日本で聞かれるように
なり始めた頃で
まだ情報量が
そんなに多くなかった
だから
わたしにとっては
未知の世界だった
3回生になると
実習が始まった
この実習が
控えていることもあり
1回生のときから
高齢者施設と
障害のある方が利用する福祉施設への
ボランティア活動は
必須だった
高齢者施設の方は
グループセッション
障害者施設での実習は
個人セッションだった
両方とも
とても難しく
大変だったが
個人セッションの方は
1対1なため
緊張とプレッシャーが
ものすごかった
つまり
逃げ場がない
言葉でコミュニケーションが
取れないクライアントと
2人で即興演奏をする
これは わたしにとって
トラウマになるくらい
怖い時間だった
話を聞くと
友人たちも同じ気持ちを
抱えていたことが分かり
私だけじゃなったことに
少し安堵したりもした
当時 ピアノの実力に
全く自信がなかったわたしは
ますます自信を
無くすことになる
クライアントが
発した声の音を拾って
音を展開していく
けれど
絶対音感を
持っていないわたしは
まず その
“音”が取れない
なんとか 音の流れを
作れたと思っても
ここからどの和音に
進行すればいいのか
いま自分が
何調を弾いて
何の音を
歌っているのか
相手のリズムが
変化したのに
伴奏の形は
どう変化させればいいのか
頭の中に
たくさんの言葉が
ぐるぐる回り
結局なにひとつできず
その場で
立ちすくんでいた
本当に
恐怖だった
相手の反応が
読み取れず
音を出せば
いいのか
出さない方が
いいのかさえ
分からなかった
ひとりの人間として
あの場で
向き合うには
あの時のわたしは
未熟で丸腰すぎた
自分の焦りや恐怖
自身のなさを
すべて見透かされて
いるような気がした
毎回 本当に
逃げ出したい気持ちに
襲われていた
そんな体験
だったからこそ
わたしは
“もうこれをすることは一生ない”
そう心に決めて
封印していた
ただ この音楽療法の現場の
即興演奏に出会えたことは
わたしの人生に
大きな意味をもたらした
というより
“即興演奏の現場を
見せてくれた先生の世界観を
体感することができた”
ことが
と言った方が
正しいかもしれない
あれは 実際に
目にしたことのある人にしか
分からない世界
言葉では
到底説明できない
音で会話をする
こんな世界が
存在していたんだ
本当に衝撃だった
あの空間は
これまで聴いてきた
どの音楽とも違う
その場の空気を
音に変えてしまう
いや その場の空気を
大きく動かしていた
わたしは
“空気が動く瞬間”を
目の前で見ていた
それは
思わず息を飲んで
瞬きするのを
忘れてしまうほど
既存の音楽を
基準にするなら
あれは”音楽”とは
また違うのかもしれない
でもわたしには
あれこそ人間が
太古から触れてきた
“音楽のかたち”
そのものだと感じた
音楽が生きるために
生まれていた
究極の
生成の世界だった
正解のない場所で
友人に
「ピアノを弾くのに
楽譜を読めることは
必須だと思う?」
と質問をしてみた
友人の答えは
「ううん、別にいらない」
「もし本気で
弾きたくなったら
その時に学んだら
いいんじゃない」
だった
友人は、わたしが
何を求めてるかを
もう分かっていた
「優希ちゃん、アレだよ
わたしたちが
ものすごく
怖い思いをしたアレ」
わたしには 友人が
何を指しているのか
分かっていた
でも 軽い
ブレーキがかかっている
「あれはさ…
もうトラウマだよ
わたしには
絶対にできないって
蓋をしたの」
友人が言った
「でも あの空間こそが
本当のありのままの姿を
見せられる場だと思うよ」
人対人
そこには
正解も不正解もない
判断するものが
存在しない
ただ お互い
そこに在る
魂と魂の対話
そしてそれは
自分自身が裸になって
その場に立たないと
生まれない
「わたし 学生の頃よりは
実力上がったけど
即興演奏自信ないんだよね…」
わたしがそう言うと
友人はひと言
「優希ちゃん
正解はないんだよ」
と言った
その言葉が
わたしのスイッチを
押してくれた
わたしは
最後まで
できるか
できないか
合っているか
合っていないか
上手いか
上手くないか
この 他人軸の中で
判断しようとしていた
自分に気が付いた
自分の演奏に
自信がないから
結局
“うまく即興演奏が
できるかどうか”
でストップしていた
でも
そうじゃない
わたしが見たいのは
あの子の本来の姿
そのために
即興演奏が
必要な”だけ”
そしてきっと
あの子自身も
ありのままの自分を
出せる場所を
探しているんじゃないか
あの子は
楽譜を読むことを
拒否することで
わたしたち大人に
ずっと知らせてくれていた
わたしが
あの子の声に
気づいてあげられなかった
だけだった
そのことに
わたしはようやく
気がついた
fffの瞬間
「即興演奏こそが
わたしの創りたい空間を
生み出せる」
そのことに
気づいたわたしは
すぐに お母様に
相談を持ちかけた
事の経緯を説明すると
快く了承してもらえた
まさか自分がまた
即興演奏を
することになるなんて
夢にも思わなかった
レッスン当日は
かなり緊張していたが
頭で考えるのを
やめることにした
いつもなら
その日にやることを考えて
準備をして
流れをシュミレーションして
整えていた
でもその日は
全部やめてみた
「流れに身を任せよう」
正解はない
だから
失敗もない
大切なのは
自分を
取り繕わないこと
わたし自身が
素になること
あの子の世界を
感じようとか
あの子と正面から
向き合おうとか
そういうのも
いらない
ただ わたしは
わたしとして
そこに在る
そして
セッションが
始まった
はじめは 二人で
それぞれが持つ太鼓を
たたいていた
あの子がたたくリズムに
呼応するように
わたしがリズムを真似て
音を返す
すると今度は
少し難しいリズムを
たたいてくる
わたしも違う形の
リズムで音を返す
わたしは
太鼓をたたきながら
ピアノの音を
出してみた
あの子に音を嫌がる
反応は見られなかった
わたしは
太鼓を置いて
ピアノに切り替えた
はじめは
低音を一音だけ
そこに右手で
和音をつけていった
和音進行は適当
次第にあの子の
太鼓のリズムが
速くなってくる
その細かいリズムを
わたしも同じように
右手で刻む
あの子はピアノの下に
潜り込んで
音の真下で
太鼓をたたいていた
fffの音が
飛んでくる
はじめて
あの子からこんなに
激しい音を聴いた
まるで
「わたしはここにいる」
「これがわたし」
と強く存在を
知らせているようだった
怒りとは違う
「これが、この子なんだ」
こんなに激しい衝動を
持っていたんだ
これを安心して
出せる場所を
ずっと探していたんだ
本当に
そう思った
それくらい
強いエネルギーだった
わたしは
ピアノを弾きながら
胸がいっぱいになっていた
涙が
込み上げてくる
自分の心が
魂が
震えているのが分かる
「あぁ、わたしはずっと
これがやりたかったんだ」
わたしも ずっと
探し続けていたものを
ようやく見つけることが
できた瞬間だった
そのあと 彼女は
オーシャンドラムを
鳴らし始めた
わたしも
それに合わせて
左手をゆっくりのテンポの
アルペジオに変える
波の音に
耳を澄ませて
少しずつ音を
減らしていく
彼女の音も
少しずつ小さくなり
やがて
消えていく
部屋に
音の余韻が残る
すると
「はぁ…」
ため息が聞こえた
あの子は
何が起こったのか
分からないけど
全力を出し切った
そんな表情を
していた
二人で
ふふっと笑って
お母様の待つ
扉の外へ出た
わたしの元へ
比較も評価もない
良いか悪いかもない
正しいか
間違っているかもない
基準を作らず
線を引いたりもしない
ありのままの姿で
ただ そこに
存在してる
たったそれだけの
ことなのに
そのことが
わたしたちには
とても難しい
ずっと
他人軸の世界で
生きてきた
わたしにとって
評価を
しないことで
自分が
成り立つのか
まずそこから
疑問だった
頭では 意味は
理解できる
でも 自分に
置き換えて
想像してみると
急に足元が
ぐらつき
不安定になる
支えがないと
立てない自分に
気づく
でも ここを
越えないと
自分が行きたい場所へは
たどり着けない
あの子が それを
教えてくれました
大学時代の
実習の出来事は
長い間 わたしから
その存在が
見えないところに
置かれていました
思い出して
考えるには
まだ、人間が
できていなかったのだと
思います
あの経験は
「自分の未熟さから
逃げてしまった」
その事実も
あるけれど
それは
表面上のことだと
今なら
分かります
「怖かったから
トラウマになった」
ではなく
あの世界が
あまりにも
本物すぎたから
自分の器がまだ
追いついていなかった
だから 心と身体が
先に防御したんだということ
ただ
遭遇してしまった段階が
早すぎただけ
なぜなら
音楽療法の世界は
技術の
有無よりも
理論を知っているか
どうかよりも
ひとりの人間として
その場に
“立っていられるか”
それが問われる
場所だから
人格も
自己受容も
境界線も
まだ形成中だった
学生のわたしには
なかなか
酷な現場でした
自分のすべてを
見透かされているような
人間同士が 噓なく
向き合う場の圧に
耐え切れず
蓋をしてしまった
でもこれは
“逃げた”のではなく
「今のわたしには無理だ」
そう
正しく恐れた
証拠だったんだと
ようやく自分を
受け入れることが
できました
だから今
こうして受け入れられる
自分になったから
わたしの元へ
戻ってきたのだと思います
すべては 最初から
わたしの中に
存在していました
長い月日を経て
もう一度わたしは
あの世界に
触れることになった
あれほど
拒否していたのに
結局戻ってきてしまった
ピアノも
即興演奏も
見事なまでに すべては
必然だったんだと
そう思わざるを
得ないほど
本当に 美しい
めぐり合わせでした
