「音楽と言葉―そのあいだ―」

ある音楽が流れてきて

目を覚ました

わたしが見る夢は

映像のこともあれば

「音」だけのこともある

その音楽を辿ると

いまの自分の状態が分かる

今回もそうだった

相手からのギフトを受け取った

その直後に見た夢

映像と音

二つの夢を見た

共通していたのは

どちらも

相手の好きな音楽だったこと

わたしは相手から

完全に離れると決めたあの日から

相手がいちばん好きな歌手の音楽を

聴き始めた

それまで

教えてもらった他の音楽は聴いていた

でもそれだけは

触れることができずにいた

聴こうと思えば

いつでも自由に聴くことができたのに

でも

できなかった

それは

これまでの相手の話や

話しているときの姿から

相手にとって

その音楽が

「ただの音楽」ではないと

感じていたからだった

相手の人生観の

「核」がつまっている

そこに触れるには

わたしにも覚悟がいると

感じていた

だから

「許可」を求めた

勝手に聴くのは

土足で相手の領域に

踏みこむことになる気がしたから

あの日

相手に、曲を聴いてもいいかを尋ねて

わたしは相手から離れた

その日から

ほぼ毎日

いまもずっと聴いている

わたしは

最初に、言葉は耳に入ってこないから

ひたすら「音」を聴いていた

その人たちの

音楽の「世界観」が見えてくるまで

まったく知らないわけじゃない

でも、意識して深く聴いたことはなかった

数ある楽曲を聴く中で

少しずつ

世界が見えてくる

わたしは

イントロの在り方に

心奪われた

たった数小節なのに

その曲の世界が

完全に立ち上がる

イントロだけで

世界が見える

それに気づいたとき

鳥肌が立った

その曲のサビや雰囲気とは

一見つながらないものもあった

でも全体を聴くと

見事に溶け合って

一つの世界をつくっている

輪郭がはっきりしているだけではなく

立体感がある

この気づきは

自分がこれから作っていく

音楽のヒントになった

わたしが求めていたのは

楽曲として完成されたものを

ただ「作曲」することではなかった

かといって

即興演奏のような

その場で生まれるような形でもない

わたしがつくりたい

「音の形」

あのイントロとの出会いが

新しい視点をくれた

「数小節で世界をつくる」

単音でも楽曲でもない

けれど

単音でもあり楽曲でもある

ひとつの言葉でもあり

物語でもある

そんな音の世界をつくりたい

相手の好きな音楽と一緒に

わたしはずっと走ってきた

あの音楽があったから

ひとりの寂しさに

耐えられなくなりそうになったときでも

「ひとりじゃない」

そう思って、乗り越えることができた

はじめは

言葉は入ってこないけれど

ふとした時に

突然耳に入ってくる

たいてい

そのときのわたしに必要で

わたしを支えてくれる言葉だった

今回、夢で見た光景は

わたしが何回聴いたか

分からないくらい耳にした曲

「明日また陽が昇るなら」

「新しい自分になってみよう」

この言葉に支えられてきた

その曲のタイトルが

画面に出ていた

でも、その下には「ピアノver」と書いてある

不思議に思った私は

「そんなのあったの?」と

再生しようとする

そのわたしを

隣にいた相手は止める

「それは、まだ」

そう言って

「通常ver」に戻した画面を

わたしに向けた

わたしは

「まだ、聴けないんだ」

心の中で呟いた

まさに

いまのわたしたちだった

わたしはもう

内側では確定している

関係性の未来が見えていて

その意味では完了している

だから気持ちが

次に進みたがっている

「新しいかたち」に

触れたがっている

でも現実では

「まだ」何も起きていない

内側と外側が

一致していない

その「あいだ」にいる

夢の中の相手は

それを示していた

まず

現実を「確定」させてから

ふわっと

どこかへ飛んでいきそうになるわたしを

相手はちゃんと

掴んでくれている

いつも根を張って

支えてくれているから

わたしは安心して

動き回れる

目が覚める時に流れてきた曲は

「古い」

「時代遅れ」

それでも

本物を貫くような強さがあった

そして「進化」を感じさせる

そんな曲だった

その人たちの音楽を聴いて感じたことは

「ブレがない」ということ

確固たる信念があり

振り回されない

一貫した言葉と音楽性

それが

その人たちの在り方だと感じた

だから歌詞を聴いていても

あれほどの曲数がありながら

中心に在るものは同じ

たった一つの本質を

色々な角度や深さで

表現している

そしてそれが

色濃くはっきり見える

だから

やっぱりブレがない

「本気で生きる」とか

「覚悟を決める」とか

熱すぎて、古臭く感じられるかもしれない

でもわたしも

ずっとその生き方を求めてきた

たとえ「暑苦しい人」と思われても

関係ない

自分の情熱を追い求めることが

わたしの生き方だと

信じてきた

だから

その人たちの言葉を聴いたときは

「感動」や

「刺さる」というよりも

あったのは

「納得」と

「共感」だった

「わたしの生き方は

 間違っていない」

それを確認させてくれた

それは同時に

相手もまた

その生き方を求めていた

だから

その人たちの音楽に惹かれた

相手の本質も

わたしと同じところにあった

言葉を交わしたわけじゃないけれど

音楽を通して触れることができた

このかたちも

「わたしたちらしい」

そう感じている

わたしが

言葉をあまり聴かないこと

その理由には

音に意識が向きやすいことのほかに

もう一つある

それは

「嫉妬」をしてしまうから

素敵な表現を見ると

「こんな言葉の使い方があったのか」

強い悔しさを感じる

「先を越された」

そんな風に思ってしまう

大げさに聞こえるかもしれないけれど

事実だから仕方がない

予想通り

その人たちの言葉にも

何度も悔しさが生まれた

「言葉」は

わたしにとって

それほどまでに

自分自身と直結している

本物を求めて

本気で生きる

それは

「わたしの在り方」でもあり

「わたしたちの在り方」でもあった

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