夫とは
「一緒に」何かをすることが
ほとんどなかった
結婚が「決まるまで」は
まだ知り合って
間もなかった
結婚が「決まってから」は
もう準備が
始まっていた
お互いについて知る
そんな時間が
持てなかった
自分の中に
整理されていない
未完了のものが
積み重なっていく
入籍届も
夫が一人で
提出しに行った
そのあと
わたしも夫のところへ
引っ越すことになっていた
当初の予定より
数か月遅くなった
わたしの心が
激しく揺れていた
行きたくなくて
理由を探していた
わたしの到着を
楽しみにしてくれている夫がいた
あまり一人にさせてしまうと
義母から連絡が来てしまう
「もう
わがままを言ってられない」
また
カウントダウンが始まった
両親が引っ越しを
手伝ってくれた
新居から去るときの
わたしの表情が忘れられないと
母は今でも言う
一人じゃないはずなのに
一人になってしまう
両親と永遠の別れを
するわけじゃないのに
なぜか強い孤独感に
襲われていた
「結婚をした」というより
「嫁いでいった」
そんな感覚だった
だからなのか
夫の後ろには
いつも夫の両親と
家族の姿が見えていた
夫が結婚したことを
「これでもう安心だ」
そう言う
夫の両親を見て
「わたしじゃなくても
よかったのかも」
そんな気持ちになった
夫にも
夫の家族にも
「個人」として
見られている気がしなかった
「家族」という
大きな枠の中にいる一人
夫は
誰かと同じ空間にいるのは
平気だった
けれど
一緒に何かをすることは
得意じゃない人だった
わたしも
一人は好きだけれど
「共有すること」も
大事だった
だから
とにかく
話がしたかった
なかなか
深い話ができない
もう
わたしの心は不安定だった
夫は
感情的な空気を感じて
避けたのかもしれない
それでも
夫婦になったのだから
その状態のわたしも
「わたしとして」
見てくれると思っていた
わたしたちは
お互いのことを
ほとんど知らない
話をしないと
知り合えない
これが
わたしの認識だった
夫は
そうは思ってなかった
結婚したことで
「安心」しているように見えた
わたしのことなんて
ほとんど知らないはず
わたしが何を好きで
どんな生き方をしてきたのか
いまどんな気持ちを
抱えているのか
それなのに
もう
知っているかのような空気
そこにいるだけで
いい存在
いるのが当たり前な存在
わたしに
興味を持ってくれている感じが
しなかった
夫は
これから時間がある
焦ることはない
そう思っていたのかもしれない
でも
あのときのわたしは
急激な環境の変化で
心が不安定だった
周りに頼れる人もいない
対話を求めていた
そこが
うまくかみ合わなかった
時間の流れが解決してくれると
期待したけれど
無理だった
ずっと
平行線だった
わたしたちは
そもそも
前提が違った
夫は結婚を
「枠」として見ていた
だから
「家族」という枠の中に
自分たちを置くこと
それが
夫にとって安心な結婚の形だった
でもわたしは
「個」として
関係を築きたい人間だった
関わりや言葉がないと
存在に触れられていない気がして
孤独に陥ってしまう
「構造に属していること」と
「個と個が触れ合うこと」
関係に求めているものが
まったく違っていた
一人輪に入っていけず
「家族」という
温かい言葉に
孤独を感じていた
これも全部
入口の構造が
違ったからだった
あの環境の中で
わたしは
自分を失ったのではなく
「個」が前提じゃない
構造の中にいた
夫と向き合う中で
個人としての土台が
まだ作れていなかったから
「選んで」入ったわけじゃない
気づいたときには
すでに「家族」という
枠の中にいた
それでも結婚は進んでいった
また過去の過ちと
同じことを
繰り返していた
今回も最初から
「ズレ」があった
誰も悪くない
ただわたしは
その中では
幸せを感じることができなかった
いまはもう
「個」が見えなくなる構造には
戻れない
十数年の結婚生活を経て
見えていなかったものが
いまは見える

