「翼」

何でも

自由に

選ばせてもらってきた

本当に

なんでも

わたしが

やってみたいと

思ったこと

それが

どれだけ突然で

難しいと

思えるようなことでも

一度も

「無理」と

言われたことは

なかった

いま

自分が

親になって

両親のすごさが

身に染みて

分かる

きっとわたしは

同じことを

自分の子供には

できない

三人姉弟の長女で

下には

まだ二人いたのに

音楽を

させてくれた

必要な楽器も

レッスンにも

通わせてもらった

中学生のとき

音楽の道に行くと

決めてから

ずっと

応援して

くれていた

それなのに

わたしは

迷ったり

揺れたり

定まらないまま

進路を

変えようと

したことがあった

でも母は

「わたしの夢でもあるから

 音楽で進んでほしい」

と言ってくれた

「子供がやりたいと言ったことは

 させてあげたい」

これが

どれほど大変で

意味を

持つことか

当時のわたしは

その半分も

分かっていなかったと思う

言葉には

しないけれど

どんな時も

信じてくれていた

だから

自分の方向が

定まらなくて

もがいていたとき

わたしを信じて

なんでも

させてもらったのに

結果を

出せないことに

申し訳なさを

感じていた

自信が

持てなくて

「できない子」の

ラベルを

貼られてしまったとき

「こんなダメな娘で

 ごめんなさい」

いつからか

そんな風に

思うようになっていた

病気で

苦しんでいたとき

母の前で

「消えてしまいたい」

と言ったことがあった

母は

何も言わず

わたしの肩を

さすりながら

涙を流していた

少しずつ

輝きと

生きる気力を

失くしていく

娘の姿を

見せて

なんて

親不孝な

娘なんだろう

いつまでも

心配ばかり

かけて

こんな

弱い自分で

ごめんなさい

いつも

そう思っていた

両親が語る

「わたし」と

周りが語る

「わたし」は

少し

違っていた

わたしも

周りが言う

「わたし」の方が

自分に近い

気がしていた

でも

今ここにきて

それは

違っていたんだって

分かった

両親が

語っていた

「わたし」

それが

本来の

「わたしの姿」だった

自分でも

気づけなかったのに

ぜんぶ

分かってくれていた

好奇心が旺盛で

何でも一人で

やりたがる

外に出るのが

大好きで

なかなか

帰ってこない

口をひらいたら

おしゃべりが

止まらない

そんな女の子

それが

わたしだった

その

「わたし」は

ずっと

封印されていたけれど

また

少しずつ

顔を出すように

なってきた

外の世界では

たくさん

辛いことが

あったけど

わたしには

「帰る場所」が

あったから

乗り越える

ことができた

自由で

いられるよう

育ててくれたから

いま

わたしの

手元には

音楽も

書くことも

絵を描くことも

感じる心も

自由に

創作するための手段が

ぜんぶ

そろってる

羽ばたくのに

だいぶん

時間が

かかってしまったけれど

やっと

準備が整った

ここからは

もう

迷ったりしない

誰にも

「わたし」を

奪わせない

自由に

自分らしく

輝けるように

高く

飛んでいく

あなたたちの娘に

生まれてくることができて

わたしは

本当に

幸せ者です

いつも

ありがとう

これからも

見守っていてね

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