揺れの正体を見つけ、
その揺れを観察し、
感情と自分自身を静かに切り離すことができたとき、
わたしたちの内側では、
ある変化がゆっくりと起こり始める。
それは派手でもドラマティックでもない。
むしろ、誰にも気づかれないような、ごく静かな変化だ。
けれど、その静けさこそが、
“在り方が立ち上がる瞬間”の合図になる。
外側の出来事に引っ張られて心が揺れていたとき、
わたしたちの行動は、
ほとんど「反射」に近かった。
けれど今は違う。
いったん内側の揺れを見つめ、
その奥にある要因を理解できるようになると、
外側の出来事に対して、
すぐに反応しなくなる。
代わりに、
「わたしはどうしたいのか」
「どの方向を選びたいのか」
という、自分からの”選択”が生まれる。
これが在り方の立ち上がる最初の兆しだ。
三つの自分――
外向きの自分、内側の自分、俯瞰する自分。
この三つがそれぞれの位置で働きだすと、
心の中心に、小さな”基点”が生まれる。
基点は揺れない。
揺れの中にあっても、沈まず、流されず、ただそこにいる。
この基点があることで、
わたしたちはどんな出来事の中でも、
一度、深い呼吸を取り戻せるようになる。
「大丈夫」
という感覚は、誰かに言われて生まれるものではなく、
この基点が生まれたとき、自然と立ち上がる。
在り方が立ち上がると、
他者の言動に振り回されることが減り、
相手を必要以上に背負わなくなる。
境界線を”引こう”と頑張るのではなく、
気づいたら”引けている”という状態に近い。
自分の内側に基点ができると、
誰かの期待を満たすためではなく、
自分の心を本当に望む方向へ、
静かに舵を切れるようになる。
これは努力ではなく、自然な変化だ。
在り方が整うと、
外側の世界が劇的に変わるわけではない。
けれど、世界の”見え方”は確実に変わる。
同じ出来事を見ているのに、
心の揺れではなく、
基点から見ることで、
事実と感情を分けて捉えられるようになる。
そしてこの静かなまなざしは、
わたしたちが歩く道の方向を、
長い時間かけて確かに変えていく。
在り方が整うとは、
心が乱れない完全な人間になることではない。
揺れながらも、
その揺れの奥を見つめ、
基点に戻ることができる自分である、ということ。
その積み重ねが、
気づいたら生き方そのものを形づくり始める。
在り方は、
「こうあるべき」という外側の理想ではなく、
自分の内側から自然に立ち上がる”生きる姿勢”のことなのだ。
在り方が立ち上がるということは、
大きく変わることでも、
劇的な何かを起こすことでもない。
ただ、自分の中心に、
静かな一本の線が通る。
それだけで、
わたしたちの世界は確実に変わり始める。
