「もしもの夢」

夢を見た

知っている

顔の人たち

だけど現実では

ありえない状況

自分から

手を繋ぎにいってる

わたしがいた

追わない

寄りかからない

相手を必要としない

それを

極めてきた

わたしが

夢の中では

「必要」を

言っていた

「甘えること」が

とても苦手だった

甘える方法も

よく分からなかった

それは

親にも

パートナーにも

他の誰かに対しても

自然に

甘えている人

を見ていて

「可愛いな」

「守ってあげたくなるな」

そう思うことは

あっても

同じことをしている自分は

全く想像

できなかった

別に

強がっているわけでも

強い自分に

なりたかった

わけでもない

でも

「もっと甘えていいんだよ」

「頼っていいよ」

と言われることに

苦しさを感じていた

だから

本当は甘えたい

自分がいるのに

そうできない

自分が

ずっといた

けれど

そうじゃなかったのかも

自分でまだ

立てていないのに

誰かに

頼ってしまうと

自分の未熟さから

目を背けることになる

そんな気が

していたのかもしれない

自分では

いま頑張って

立とうとしているのに

周りに

「甘えていい」許可を

出されたことで

「わたしは

 ここが限界に見えるってこと?」

「頼らないことは

 無理してることになるの?」

こういった思いが

小さく生まれていた

これはきっと

頑張って完成を

目指しているのに

少し邪魔を

されたような感覚

「甘え下手な女性は

 可愛げがない」

「まわりに頼れる人の方が

 印象がいい」

こういった言葉を

よく耳にする

これに対しては

正直

余計なお世話な話だと

感じていたけれど

人からの親切を

無駄にしたくなくて

わたしも誰かを

頼ることもあった

もちろん人は

一人では

生きられないから

多くの人に支えられて

生きているのだけれど

自分の意思で

「頼る」と

いうことをすると

すっきり感が

なかった

反対に

不完全燃焼感が

残ることもあった

それは

わたし自身が

自分で

完全に立つことを

目指していたからなのだと

思う

自分が

完成されていない状態で

甘えることは

「依存」になると

無意識で

分かっていた

可愛げがないと

言われても

可愛さを

差し出す自分には

なれなかった

それは

わたしの中で

美しくないから

自分の価値は

下げられない

そうやって

わたしは

自分を守りながら

自分を磨き続けていた

夢の中には

甘えている

わたしがいた

自分でも

見たことがない姿

それはきっと

現実のわたしが

素直に相手を

「必要」と

いえるくらい

安全な自分に

なったから

いなくても

大丈夫だけど

並べたら

きっと

わたしは甘える

そんな気がした

それは

相手と並ぶ未来を

罪悪感なしで

想像してもいい

その許可を

出せたことでもある

ずっと

心の中にあった

「もし並べたら」を

先に

夢が

解禁したのかもしれない

甘えることは

依存じゃなくて

余裕のある愛情

わたしが

求めていたのは

このかたちだった

相手の手をつかんで

素直に甘えている

わたしがいた

見慣れないけど

そんな自分も

なんか

可愛いなと

はじめて

そう思えた

そして

そんなことを

思っている自分に

すこし

笑ってしまった

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