「満ちた循環」

“自分で自分を

満たすこと”

自分が喜ぶこと

自分が嬉しいと

感じること

もう一人の自分が

自分を

喜ばせるために

嬉しいと

思ってもらうために

自分に対して

“何か”

を与えること

“いま食べたい”

と思ったスイーツを

少し遠くても

買いに行ったり

思い切って

「今日は休む」

と羽を伸ばしてみたり

いつも

断れなくて

合わせていた

誰かとの関係も

「NO」と

言ってみたり

そうやって

自分が本当に

望んでいることを

小さいことから

叶えてあげる

やがて

自分が”何に”

いちばん心が

満たされるのかが

少しずつ

見えてくる

たとえば

料理のレシピを

“編み出すこと”に

幸せを感じる人

これは

創作する人の

満たし方

世界の解像度が

上がって

自分の中で

ひとつずつ

完成していくことが

快感になる

“内側に向いて

満たす人”

反対に

自分の作った料理を

誰かに

“食べてもらう”

食べた人の

“幸せそうな顔”を見て

自分も

幸せを感じる人

これは

自分の中に

あるものが

相手の中で

光った瞬間が

満たしになる

“外側に向けて

満たす人”

ここで

大切なのは

相手の反応で

揺らがない

ということ

とくに

外向き型の人は

この軸がないと

「依存」になりやすい

どちらも

共通しているのは

“結果”じゃなくて

“在り方”で

満たされていること

褒められたから

喜んでもらえたから

評価されたから

じゃなくて

作っていること

そのもの

向けていること

そのもの

そこが

自分を満たしている

ということ

自分で自分を

満たすことができると

次に

起こること

それは

内側で満ちたものが

自然に

外へ溢れること

内側で完成された

ものだけが

外へ渡せる

どこに向いていても

揺らがない場所で

満ちている

溢れたものが

外へ向けられる

それが

“無償の愛”

無償の愛は

頑張って与える

ものではなく

満ちた結果として

“勝手に溢れるもの”

義務ではなく

“現象”

「誰かを幸せにしたい」

「与えたい」

そう思っていない

“したい”

じゃなくて

気づいたら

そうしている

溢れたものが

勝手に

作用してしまう

内側へ向く人も

外へ向く人も

満ちた先には

溢れていく

それは

相手のためでも

あるけれど

それ以前に

自分の満ち方が

整っている人の

“滲み”

だから

見返りもいらない

分かってほしい

大事にされたい

という気持ちに

変質しない

自分が満ちてると

溢れてくる

その溢れたものが

外へ向けられる

満たすことは

得ることじゃなく

流れることだった

だから

満ちた人は

愛そうとしない

愛が

溢れてしまう

この循環が

優しい世界の

形だった

目次