それはきっと
一目惚れだった
初めて触れたときから
その魅力に
堕ちていた
凛とした空気
指が沈み込むような感触
胸の奥が
深く満たされるような
柔らかい
密度のある音
目に見えないのに
圧倒的な存在感
何が良いとか
どこが好きとか
頭で理解する場所に
留まれない
一瞬で
心を奪われていた
ピアノが好きな自分を認めて
本気で向き合うと
決めたけれど
すぐには
壁は越えられない
「うまく弾けるようになる」
自分で自分を
縛り続けていた
なぜ
わたしはピアノに惹かれたのか
楽器はほかにも
たくさんある
でも
ピアノがよかった
思うような音は出せない
「心地いい」と感じる演奏ができるほどの
実力もない
向き合うたびに
足りない自分が見えて
苦しくなる
それでも
ピアノがよかった
自分が
ピアノに何を求めていたのか
そんな風に考えること自体
恐れ多くてできなかった
クラシックか
即興か
そんな名前では
掴めなかった
整った何かじゃない
もっと
根源的なもの
空気
震え
呼吸
目に見えない領域
けれど
人と深く結びついている
言葉でも
絵でも
表現することはできる
でも
内側から湧き上がる何かを
そのままの状態で
存在させることができるのは
音だけだ
心身の在り方が
そのまま音になる
生きた呼吸となって
立ち上がる
だから
上手いかどうかじゃない
自分の出したい音
「わたし」を表現する音
難曲を弾けるかどうかではなく
呼吸を感じる音かどうか
余白と空気の色を
感じられるか
深く
芯のある低音
大地のような力強さ
軽やかで
華やかな高音
きらめく光
その両方が
ひとつの鍵盤の上に
美しく存在していた
人の在り方
男女の在り方
音の在り方
わたしが求めていたものは
すべて一貫して
同じだった
なぜ
ピアノに惹かれたのか
それは
曲を弾きたいからではなく
自分の在り方を
音でも表現したかったからだった
多彩な表現ができる
ピアノだから
より繊細に
より忠実に
自分の内面を
表現したい
これに気づいたとき
わたしとピアノの境界は
静かに消えていった
ずっと
自分の中にあったものだから
それはもう
別の何かではなかった
自由に
解き放たれた
大空
深く
沈み込むような
大地
きらめく光や
かすんだ空気
「綺麗さ」ではなく
呼吸と温度
それが
わたしの求める音だった

