自分自身の中心に
穴が開いたまま
緊張と不安のなか
ノンストップで走ってきた
節目が終わると
ゆるみが出る
わたしが崩れ落ちるのに
時間はかからなかった
引っ越しをしてからのわたしは
つねに緊張状態だった
身体に力が入って
気が休まらない
小さな音にも
敏感に反応してしまう
一人になると
目線が下がる
そのまま
黒い底へ落ちていきそうになる
一人になるのが
怖い
そのわたしの思いを
跳ね返すかのように
夫は家を空けることが
多かった
緊張は
強まる一方だった
自分に限界を感じたのか
結婚して初めて
ピアノを求めた
舞台から離れて
表現することからも
距離を置いていた
自分が堕ちていく中
あのピアノの感触を
欲した
ピアノがあれば
なんとかなるかもしれない
切実だった
生きるか死ぬかの
瀬戸際にいたと言っても
過言ではなかった
心を支えるものが
必要だった
「自分が自分でなくなる」
この予感があった
でも夫には
わたしにとって
ピアノがどんな存在なのかが
伝わっていなかった
だから
ピアニストじゃないのに
ピアノがないと生きられないなんて
理解されない気がして
深く話せなかった
わたしが
何を抱えてきて
何を目指して
生きてきたのか
どんな生き方をしたいのか
いま
その中心を失って
苦しんでいること
自分の生き方が見つからなくて
不安に押しつぶされそうなこと
自分に
価値を見出せないこと
伝えたいことは
たくさんあった
でも出てこなかった
一度心が閉じると
わたしは頑なだった
そうやって
自分を守っていた
これ以上
自分を傷つけないために
固くなった心をほどく可能性を
ピアノが持っていた
それくらい
ピアノの存在は
わたしにとって大きかった
けれど
その期待も
実現しなかった

ピアノを持ってこれないことが
ショックだったのではなく
ピアノがわたしにとって
どんな存在なのかを
分かってもらえなかったことが
深く刺さった
たとえ
すべてを理解してもらえなくても
知ろうとしてくれるだけで
よかった
どうして
そんなにピアノが必要なのか
ピアノがないと
どうなってしまうのか
これは
わたし自身のことだから
ここを聞いてくれることは
わたしを見てくれていることになる
だから
夫の対応を見て
ピアノだけではなく
わたし自身も
軽く扱われたように感じた
わたしは
苦しんでいた
向き合って
一緒に並んで
話を聞いてもらいたかった
言葉にならない
その気持ちが
一人になるたび
わたしに襲いかかる
「ピアノに触りたい」
部屋の隅で
小さくうずくまって
声に出して泣いていた
これは
自分から逃げて
夢を諦めてしまった報い
全部
自分のせいなのだと
自分を責めていた
誰に対してかはわからない
でもずっと
「ごめんなさい」と
言い続けていた
夫婦とは
一体何なのか
支え合うとは
どういうものなのか
分からなかった
わたしの真ん中に空いた穴が
さらに広がり始めていた

