「両翼の世界」

ずっと

その存在に

心を奪われたまま

ピアノを

弾いていた

弾いてはいたけれど

わたしのすべてが

そこにいたわけではなかった

霧が晴れなくて

前に進めない状況に

苛立つときもあった

自分のすべてを向けて

集中したいのに

できない自分に

腹も立てた

本気で

ピアノと向き合うと

決めたのに

心の一部が

別のものに占領されている

その葛藤を

何か月も続けてきた

常に頭の中は

埋め尽くされていた

ここから

一体いつ解放されるのか

逃げることはないけれど

逃げ出したくなる

遠い未来を

見ているような

そんな気持ちだった

けれど

今日は

いつもと違った

気づけば

何時間も

ピアノに向かっていた

ただ

音を出すのではなく

曲の背景を調べて

色々な人の演奏を

聴き比べた

わたしは

どの弾き方が好きか

どんな響きで

どんな風に弾きたいのか

それだけを

考えていた

まるで

初めて触れる

何かに出会ったかのように

好奇心が止まらない

けれど

頭と心は暴れない

静かに

興奮している

その状態が

純粋に心地よかった

目の奥が

押されるような

何かに入り込むときの

あの感覚

だからなのか

自分の音も

今までと聴こえ方が違う

まっすぐ音を出す

まるで音に

わたしを乗せるように

頭の中のノイズも

消えていた

音色が

とてもクリアに聞こえる

意識が

ピアノと音楽で

満たされていた

はじめて

ピアノに全集中している

自分に出会った

自分を占領していた

未完了がなくなった

音の中には

わたししかいなかった

この音の感触を

味わいたくて仕方がない

もっと

曲や音色を探求して

さらに深く

この音の中に入りたい

これまで

たくさんの言葉を

書いてきた

これから描くビジョンも

たくさん生まれた

わたしにとっての

芸術の意味も

進む方向も見えた

その全部が

最終的に向かっていた場所は

音楽だった

音を聴きたい

ピアノを弾きたい

わたしにとってそれは

現実逃避でも

懐古でもなく

原点への回帰だった

でも今は

音楽だけじゃない

言葉も絵も

人の心の動きも

全部抱えたまま

音楽に戻ってきた

「やっぱり音楽だった」

新しいものを

見つけたのではなく

ずっと知っていたことを

体験して

確信した

だから

これまでの寄り道は

無意味ではなかった

一周まわって

元に戻ったのではなく

表現者としての自分で

ここに戻ってきた

あの葛藤の時間は

苦しかったけれど

自分の望みを知ること

それを隠さず表現すること

自分の中心は

いまどこにあるのか

そういう問いを

何度も何度も

通ってきた

人は

本当に自分の中心を

取り戻したとき

自分がずっと愛してきたものへ

自然と帰っていく

わたしから

音楽を遠ざけていたように見えた

あの葛藤の時間は

最後には

わたしを音楽のもっと深い場所へ

連れてきた

わたしが

空を飛ぶために必要な

もう片方の翼

同じ翼のはずなのに

簡単には

並べない

両翼になるには

まずは

片翼として

徹底的に磨いて

完成しなければならない

地上を自由に

飛び回れるから

高さには

憧れなかった

でも

わたしが求める世界は

地上からは

見られないことが分かった

両翼で空へ羽ばたいた

その先にある

一度も

触れたことのない世界

わたしは

その世界へいく

その景色を見て

自然が奏でる

音楽を聴く

わたしの翼は

もう準備ができている

溢れる好奇心を胸に

あとは

出発の時を待つだけ

もう片方の翼が

到着したら

すぐに

飛び立てるように

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