ピアノへの想い
ピアノと初めて出会ってから、
私の中には、新しい何かが生まれていた。
この感覚が、何を意味しているのか、
自分の奥深い部分ではわかっていたと思う。
でも、そのことに気付くまで、
かなりの時間が必要だった。
見て見ぬふりをするしかなかった。
でも、ずっと気になっていた。
それは、
本当はピアノに惹かれていたのに、
その気持ちを素直に受け取れなかったこと。
好きだと認めたら、
何かが壊れてしまうような気がしていたこと
心のどこかで気になって仕方ないのに、
その理由がわからない。
見ないふりをしても、胸の奥がざわつく。
でも、なぜ気付けなかったのか。
その答えは、音大に入ったときにあった。
わたしはピアノ科ではなく、音楽を学ぶ環境に身を置いたことで、
“本当の意味で音と向き合っている人たち”を、
すぐそばで見ることになった。
毎日、音にすべてを注いでいる仲間。
楽器と生きているような人たち。
音楽そのものに人生を捧げている姿。
その光景を目の前にした瞬間、
わたしは静かにフタをした。
「ピアノは小さい頃からやっていないとダメ」
「わたしは、もう間に合わない」
「わたしの想いは、本物じゃない」
「わたしなんかが、好きだなんて言ってはいけない」
そう思いこんで、
自分の中の芽を自分でつぶしてしまった。
今思うと、
あれは”恋煩い”に似ていた。
遠くから見ているだけで、
理由もなく気になって、
近づくことが怖くて、
でもずっと視界の端にいる。
好きを憧れと勘違いするみたいに、
「近づけない」と思っていたものほど、
本当は、自分の内側に深くあるものなのだと。
距離があるように見えて、
実はゼロに近い。
なぜなら、その気持ちはずっと、
自分の中にあったものだから。
自分の本心に気付けなかったのではなく、
気付いてしまったら、戻れなくなると思っていた。
だから、見ないふりをしていただけなんだと。
ピアノを「好き」と言った瞬間、
人生が動いてしまう気がしていた。
ずっと心が震えていたのに、
それに気づくのが怖かった。
それが、長い間、わたしが「本当の気持ち」を受け取れなかった理由だった。
音のない世界
“空白の10年間”
この年月は、わたしが音楽から離れていた時間を指している。
意図してそうなったわけじゃない。
いろいろな要因が重なって、結果、そうなってしまった。
でも、わたしには、
無理やり引き離されてしまった、
という感覚のほうが強かった。
25歳の時、わたしは人生の転機を迎えていた。
自分の立ち位置、住環境、仕事、
本当に自分をとりまく全てのことが、
3か月にも満たないうちに、一変してしまった。
目まぐるしく過ぎる時間。
毎日のように耳に入ってくる外側の声。
休んで、ひと息つく間もない。
この頃のわたしは、完全に大きな波にのまれていた。
自分の声なんて、
一切、聞こえていなかった。
新天地で、新生活をはじめたわたしは、
そこにもピアノを持っていくつもりだった。
そもそも、持っていかない選択肢が存在していなかった。
ピアノがない生活なんて、想像したこともない。
でも現実は、
うまくいかなかった。
「そんなの持ってくる人、いないよ」
「とりあえず、様子みたら?」
そんな言葉が向けられて、
わたしは飲み込んでしまった。
「大丈夫、なんとかなる。」
そう自分に言い聞かせたのを、今でも覚えている。
でも、全然大丈夫じゃなかった。
わたしは、これまで生きてきて、
あの時ほど、ピアノを欲したことはなかったと思う。
弾きたくて、仕方がなかった。
鍵盤に触りたくて、音の感触を聴きたくて、
一人で泣いていたこともあった。
ピアノがない生活は、
次第にわたしから音を遠ざけていった。
音だけじゃない。
絵を見ること、観劇すること、何かを創ること。
美を感じること、感動すること、創造すること。
すべてが止まってしまった。
そこから、わたしは音のない世界で10年間過ごすことになる。
あの時の、
ピアノを心から切望していた自分の姿を、
わたしは忘れたことがない。
ピアノとの再会
ピアノとの再会のきっかけは、子どもたちだった。
子どもたちが通う幼稚園で、
コーラスのサークルに参加をすることにした。
そこでわたしは、
懐かしいあの感覚を味わうことになった。
「音がある」
発声練習、ピアノの音が空間を満たしていく。
わたしの胸は、確実に何かに反応していた。
声に出して歌うのも久しぶりで、最初は声が出なかった。
でも、すこしづつ、
自分の中で固まっていた何かが、動いているのが分かった。
場所も人も、自分が過ごしていた場所とは違うけれど、
わたしはあの空間を”知っていた”。
次の年、わたしはピアノ伴奏を担当することになった。
10年以上、ピアノに触れていない。
でも、弾くことになった。
これが、わたしとピアノの再会。
わたしは、10年ぶりに実家にある自分のピアノの蓋をあけた。
音を出してみる。
この鍵盤の感触、耳の響き、
懐かしさが一気に押しよせてきた。
指は、全然動かない。
楽譜も、難しくないのに目がちかちかして追いつかない。
身体も頭も、スイッチがまだ入りきっていない。
入っているのは、心だけ。
「音が出る」
音を鳴らすたび、
嬉しさがこみあげてくる。
つたない演奏だけど、喜びに胸がうち震えていた。
気付けば、頬を涙がつたっていた。
「ピアノが、弾けるんだ」
ここから、わたしは静かにピアノへと戻っていく。
そして気づけば、のめりこまずにはいられなかった。
偶然のようで、必然だったこと
わたしにはずっと、
どうしても消えないコンプレックスがあった。
これが、わたしの中に根深く刺さり続け、
長い間、もがき苦しみながら、
深く葛藤することになった。
それは、
“ピアノを始めたのが、14歳だったこと”
「え?それがなんで?」
「14歳から始めて、何が問題なの?」
と、思われるかもしれない。
でも、わたしには人生を左右するくらい大きなことだった。
わたしがピアノを始めたのは、14歳のとき。
高校受験のために必要だった、
ただそれだけの理由で。
でも今思えば、
それは偶然を装った”はじまり”だったのかもしれない。
無謀にも、音楽科への受験を希望していたため、
ピアノが必須だった。
そこで出会ったピアノ。
本来なら、段階を踏んで曲のレベルをあげていくと思う。
でも、そんな時間はないため、
わたしは、入試に向けて「ソナチネ」から始めることになった。
正直、当時のわたしは、
「”ソナチネ”って何?」という無知さだった。
ピアノに関する知識は無いに等しく、
右も左も分からない。
そんな状態だった。
当然のことながら、
ピアノを弾くことは、ものすごく大変だった。
本当に、苦労した。
そして、わたしの中に、
ある言葉が浮かび、
それがこびりついて離れなくなっていった。
「ピアノは、小さい頃から始めていないとダメ」
まるで、なにかの呪いのように、
この言葉が、わたしを縛り付けていった。
今ならわかる。
何も遅くなんてない。
そもそも、ピアノ歴5年にも満たないのに、
音大に来ている子たちと、
自分を比較していること自体が失礼だし、
間違っている。
はっきり、そう言えるのに。
当時のわたしには、分からなかった。
ただ、ひたすらに自信を失い続けて、
心にある情熱を、静かに静かに隠していった。
こうしてわたしは、
ピアノへの恋心を抱えたまま、
その想いを「なかったこと」にしようとしていた。
ただ同時に、あの頃のわたしの葛藤のすべてが、
わたしを、今のわたしのところへ連れてきてくれた。
音にのまれる幸福
コーラスのピアノ伴奏をすることが決まり、
わたしは基礎練習から始めることにした。
古い楽譜を引っぱり出してくる。
基礎練習といえば、
「ハノン」「ツェルニー」あたりが定番。
弾くのは、学生の頃以来だった。
自分の指の絡まり具合に、笑いが出てしまう。
「楽譜って、どうやって読むんだっけ?」
と、初心者みたいなことも言っていた。
長い間、離れていると、
こんな簡単なこともできなくなってしまうのかと、驚いた。
まるで、休みボケのような、そんな感じだった。
でも、次第に変わっていく。
その変化は、ゆるやかなものではなかった。
当時は、コロナ過だったこともあり、
時間があった。
わたしは毎日4時間以上、ピアノに向かっていた。
最初はハノンを順番に。
何も考えず、ただひたすらに弾き続けていた。
その状態が、とても心地よかった。
あれが、わたしの身体と頭にスイッチをいれる行為だったのだと思う。
次第に、弾き方について調べたくなってきた。
「いい音とはなにか」
「どの順序で進めば、基礎ができあがるのか」
を、徹底的に調べ始めた。
インターネットの情報はもちろん、
書籍を買いあさり、
大学時代の友人に連絡をしてアドバイスをもらった。
朝から晩まで、ピアノ曲を流し、
数時間のピアノ練習、
練習時間以外はピアノに関する本を読んで、知識を得る。
何もない時間がないくらい、
常にピアノのことを考えていた。
わたしの生活は、まさにピアノ一色になっていた。
むかし、自分になくてコンプレックスに感じていたものを、
一気に取り戻したような、
そんな感覚だった。
完全に没頭状態、のめりこんでいた。
この頃はまだ、
自分のこの行動が何を意味しているのか、
深くは考えていない。
ただ、ずっと知りたかったことを、
自分の力で一つずつ手に入れている感覚が、
わたしの胸を震わせていた。
一歩一歩、確実に、
感触を確認しながら、自分のペースで進められている。
その事実が、
わたしを満たしてくれていた。
「楽しい」
本当に、心からそう感じることができた。
わたしは、初めてピアノに夢中になっていた。
静かな確信
ピアノと再会した私は、
もうピアノの虜だった。
まもなくして、
わたしは自宅にグランドピアノを置くことを決意する。
そして意外にも、
とてもスムーズにことは進んだ。
本当に、すべてのタイミングがきれいに重なったとしか思えないほどに。
自宅にピアノを置いてすぐ、
わたしにピアノレッスンの流れがやってきた。
その子は、ピアノに対して少しトラウマを持っている様子だった。
先生や親が意図する通りに、
動くことができなかったのだと思う。
できないから、
母は必死に練習させようとする。
本人も、期待に応えようと必死に頑張る。
でもその結果は、
先生や親が期待するものとは少し違っていた。
その微妙なズレが積み重なって、
その子の扉は閉まりかかってしまったのかなと感じた。
初めてのレッスン。
今度は、ピアノレッスンについて、
調べまわる日々になっていた。
一般的に行われているピアノレッスンの形、
目指すところ、発達がゆっくりな子でも通いやすい環境とは。
色々調べながら、
自分の中で感じているものを掘り下げていった。
そこでいきついたのは、
“その子のペースに合わせるレッスン”にしたい、ということ。
自分の子どもを見ていても実感していたのは、
子どもにはそれぞれ”固有のペース”があるということ。
そして、大人が決めた枠にすっぽり収まらない子もいる。
だから、
「子どもにこちらのペースに合わせてもらう」のではなく、
「こちらが子どものペースに合わせる」。
その子が持っているペースを、尊重したい。
そう思った。
だから、最初その子のレッスンの大半は、
工作で終わっていた。
まだ、ピアノを弾くことに背中を向けている感じがあったから。
一緒に折り紙をしたり、
その子が夢中になって作る作品について、
質問をしてみたり。
一見、ピアノとは全く関係ないと思われることを何か月も続けていた。
でもある日、突然変化が訪れる。
いつもと違って、その日は、
最初からピアノに向かっていた。
自分から楽譜を開いて、自分で弾き始めた。
その日以降は、
工作ではなくピアノに向かうようになっていた。
自分が練習してきた部分を聴いてほしい。
そんな声が聞こえてきそうだった。
あの子の中で、何かが変わったのかもしれない。
それは、はっきりとは分からない。
でも、自分のやり方が、
本当に合っているのか分からない不安と戦っていたわたしにとって、
この出来事はとても大きかった。
まだ、確信は持てないけれど、
小さな自信を確かにくれた、そんな出来事だった。
感性の扉が開くとき
レッスンを続けていくと、
わたしの中に、ある不安が見え隠れし始めた。
それは、
「ピアノ科を出ていないわたしが、ピアノ講師になってもいいのか」ということ。
答えはイエスで、世の中には、
様々な経歴のピアノ講師の人が存在している。
頭では理解している。
別に何の問題もない。
でも、わたしの何かがストップをかけている。
その正体が何なのか、まったく分からなかった。
何度も自分に言い聞かせた。
「ピアノについて知らなさ過ぎたからだ」
「技術的にレベルを上げたら、この不安はなくなるはず」
「音大受験を目指す教室にしなかったらいい」
「世の中には色々な形がある」
でも、わたしの中から不安が消えることはなかった。
「わたしがやるべきことは、これじゃなかったんじゃないか…」
とさえ、思うこともあった。
そんな私のもとに、
新しい子がレッスンに来てくれることになった。
その子は、
幼い頃は、おもちゃのピアノを本当に楽しそうに弾いていたけれど、
ある時からパタリと弾くことやめてしまった。
もう一度、あの楽しそうにピアノを弾く姿を見たい、
というお母様の願いから、
わたしのところに来てくれた。
その子は、とても音に敏感な子だった。
それもあってか、
最初はピアノの部屋には入らなかった。
ピアノを鳴らすと、耳をふさいでいた。
わたしは、方向を変えることにした。
音符積み木を用意し、
すごろくや音名カードを手作りして準備をした。
「ピアノを弾く」以外のことをすることにした。
あの子にとって、
ピアノがどんな存在なのか、わたしはそれが知りたかった。
なんとなく、自分と似ている気もしていた。
自分の本音が、どこか奥深くにしまい込まれているような、
そんな印象を、あの子から感じていた。
とても想像力が豊かな子だった。
なんでも自分流にアレンジをして、
楽しいゲームに変えてしまう。
これは、すごい才能だな。と、本気で思った。
ますます、この子の感性は、
どこからきて、どこまで続いているのか知りたくなった。
そして、
「この子の芽をつぶしたくない。」
そう思った。
すごろくが大好きな子だった。
同じルーティーンをすることで、安心を得ている部分もあったと思う。
すごろくは、1年間続いた。
そして、その時はやってきた。
一人でピアノの部屋に入り、
一人でピアノを弾き始めたのだった。
わたしも、お母様も一瞬何が起きたのか分からなかった。
でも、夢じゃない。
あの子が、ピアノに向かって音を出している。
その姿を見て、二人で泣いてしまった。
「あぁ、この子はピアノが大好きなんだな」
そう感じた瞬間でもあった。
やっと、あの子の中で、
ピアノに触れることに許可を出せたのかもしれない。
1年間かけて、
ゆっくり、ゆっくり。
そして、次はわたしの番がやってくる。
好きに気づくということ
自分の中にある不安を打ち消すためには、
自信をつけることだ。
という結論に至ったわたしは、
ピアノのレッスンに通い始めた。
新しい先生との出会いは、
わたしにたくさんの変化をくれた。
「基礎から徹底的に学びたい」と、わたしの意向を伝えた。
レッスンは、目から鱗の連続で、最初は必死だった。
でも、とても楽しかった。
充実感が、すごかった。
そんなわたしに、
もうひとつの出会いが待っていた。
その人が、自分が極めていることについて、
素直に「好きなんです」といっている姿に、衝撃をうけた。
今の時点では、それは本職ではない。
でも、
「得意分野です」
「好きだからやっている」
堂々と言っているその姿に、素直にすごいな、と思っている自分と、
戸惑っている自分がいた。
「すごく、きらきらしてる」。
確実に、自分の中で何かが揺れ動いている。
そしてそれは、小さい揺れじゃない。
「どうして、あんなに自信をもって言えるんだろう。」
「どうして、わたしはこんなにもひっかかっているんだろう。」
その人と話をするたびに、
その疑問がクリアになっていく。
「じゃあ、わたしは?」
答えは、すぐに出てこなかった。
というよりも、言葉になりかかっているのを、
抵抗している感じだった。
「わたしが好きなものって、何?」
「わたしは、どうなりたいの?」
はじめて、表面じゃない、
奥深くにいる自分に問いかけた。
「わたしは、あんな風になりたい」
きらきらした目で、
素直に好きなものを好きといえる。
そんな自分になりたい。
自分が、
本当に心から求めていたものはなんだったのか。
今まで、こんなに近くにあったのに。
あの時、触れられなくて、
あんなに苦しい思いをしたのに。
ずっと、気になって、
忘れたことなんてなかったのに。
それなのに、まったく見えていなかった。
なんで、気が付かなかったのか…。
心の奥深くでは、ずっと強く求めていたのに、
理性が、強くブレーキをかけていた。
本当に、とてつもなく強力なブレーキを。
でも、そのブレーキが外れた瞬間、
一気に見えてくる。
本当に、こんなにすぐ近くにあった。
距離なんてない。
もうずっと、自分の中にあったから。
もう、気付いちゃったからね。
後戻りはできないんだ。
ずっと、守っていくって決めたから。
だからもう、迷わないよ。
「わたしは、ピアノが大好きなんだ」。
